日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

2023-12-01から1ヶ月間の記事一覧

仕事納め

あの気持ちはなんと書いたら良いのだろう・・。会社生活での仕事は顧客との関係性において日々が出来事の毎日ではあったが、大きく見ると概ね平坦だったかもしれない。新入社員の頃はまだ月一度は土曜日の出社があった。完全週休二日になる半歩手前だった。…

しつけ 福之記3

十二年前、初めての犬・ゴン太が我が家に来た時、あまりトイレのしつけで苦労したことは無かった。ごく初期から彼は家の外、散歩をする際に大小の排泄をするようになった。それは特にそう躾けたわけではなく気づけばそうなっていたのだった。もともと犬は綺…

職場の第九

全くやられてしまった。職員の皆さんは帰宅したのでスピーカーの音量を上げたのだ。何故か鳥肌が立ちこれまた目頭が濡れてしまうのだから困りものだった。これははたして人類に存在する音楽なのか。ここは天上なのかと思う始末だった。 二十代三十代の頃に一…

名づけの親 福之記2

「アブラハムはイサクをもうけ、イサクはヤコブを、ヤコブはユダとその兄弟たちを、ユダはタマルによってペレツとゼラを、ペレツはヘツロンを、ヘツロンはアラムを‥‥」大概はその辺りで音を上げて本を閉じる。世界で一番売れているという本は聖書と言われて…

図書の旅37 マゼランの世界一周

●図書の旅37 マゼランの世界一周 シュテファン・ツヴァイク作 白木茂訳茜書房1975年 そこは確かに新宿・歌舞伎町にある居酒屋だった。マルコ・ポーロという店名だった。友と二人で歌舞伎町に来たのには目的があった。街の東側には当時はビニ本屋が多くあった…

いらっしゃい・福之記1

とある縁があり我が家にワンコがやってきた。いらっしゃい、と迎えた。七月に十二年間共に暮らした犬が他界した。彼の最後は脾臓癌だったが一晩だけ苦しがった。翌朝昼食を二人で食べていたら苦しみでばたつかせていた四本の脚は止まり彼は永遠の伏床を得た…

年末年始大活躍

お買い物。師走も半ばを過ぎるとクリスマスソングが流れて慌ただしくなる。それを過ぎると流れるものは雅樂「春の海」に代わりお正月ムードが一気に高まる。年末は流通業から始まるようにも思える。彼らがそうもり立てるのかもしれない。アメヤ横丁には年末…

図書の旅36 朝比奈隆 この響きの中に

●この響きの中に 朝比奈隆 実業之日本社 2000年 指揮者の書いた自伝を読んだのは二冊目だ。一冊目は小澤征爾による「ボクの音楽武者修行」だった。桐朋学園で斎藤秀雄氏に指導を受けて、スクーター一台ともに貨物船でフランスに渡りブザンソンのコンクールで…

幸せのホルモン

がん病棟での日々。学生時代の仲間がすぐにグループラインを作ってくれた。自分は一方的にくだらない投稿を毎日山のように書いていた。脳にメスを入れて人格が変わったのか、止まぬ不安への裏返しなのか、それは凄まじいエネルギーだった。40年前の仲間たち…

高原の駅ピアノ

音楽が常にあるという事は素晴らしい。口ずさんでも良し、頭の中に流れているだけでも良し、もちろん演奏しても良し。エア指揮も良し。音楽は何らかの風景や思い出を頭の中に再現する。そこから自分の想像力は広がり、小さな旅が出来る。裏を返すと音楽のな…

離れてみるのも悪くない

鉄道旅。時間を潰すのなら車窓が最大の友になるだろう。風景に通暁した路線ならいざ知らず初めてやたまにしか乗らぬ路線ならば物珍しさもある。更にボックスシートの中距離列車で窓際に座れたら旅の楽しさは確約されたようなものだ。次に手を出すのはスマホ…

とんだ贅沢日

先日銭湯に行った。スーパー銭湯は高くていかないが銭湯なら手近だ。週に一度は行こうと地元の数軒を順に回っている。ラジウム温泉、ジェット風呂、秋田玉川温泉の北投石を使った風呂、電気風呂。日替わり薬湯。サウナは追加二百円だが五百円で十分楽しめる…

もう要らない

渋谷に来た。この街から東へ坂を登った先に母校がある。二年間の教養課程を神奈川県厚木市の新設キャンパスで過ごし専門課程からが渋谷キャンパスだった。 学校帰りはいつも渋谷の町に吸い込まれていた。センター街を歩き宇田川町交番の奥まで進むと輸入レコ…

自分のもの

我が家から半径ニキロ以内には私立高校が三つ、県立高校と市立高校がそれぞれ一つある。朝夕にバス通りに出ればいつも高校生が乗り降りしている。ギターを背中に抱えている学生が多い。十年前には目立たなかったのに。しかも何故か女子学生ばかりだ。バンド…

縁結び

一目あったその日から恋の花咲くこともあるそんな貴女と見知らぬ貴方をデートで結ぶバンチDEデート そんなくだりをスルスルと言えるのは自分と同じ世代だろう。いまは知らないが当時は男女のカップルづくりの番組を明るくテレビで流していた。 男女の出会い…

パリジェンヌ

首都圏の地下鉄はますます複雑になった。郊外を結ぶ私鉄との相互乗り入れが拍車をかける。かつては諳んじていた路線図ももうさっぱりわからない。昔ながらの小さな車両が走る銀座線と丸の内線に乗ると何故か安心する。ロンドンのチューブも小さな車両でヒー…

幼な子の成長

秋の唱歌が好きだ。四季に応じた唱歌があるが秋の歌はなぜか物悲しい。今でいうならばキーがマイナーなのだろう。そんな難しい事を言わずに唄っていた。 ♪ 秋の夕日に照る山もみじ・・か。 ♪ 誰かさんが誰かさんが誰かさんが見つけた・・か。 後者の「小さい…

高度一万メートルの友

旅行用のキャリーバックを手にしたのは久しぶりだった。かつては月に数度もゴロゴロとこれを玄関から転がしていた。機中泊を入れたとて五泊程度だろうか。これとビジネスバッグだけで出張していた。メンタルを病み閑職に移り海外出張は無くなった。もう不要…

困りもの

成人を迎えてから老境迄、体系の変わらない人などいるのだろうか?友人でも先輩でも、ずっとスリムな体系を維持している人もいる。スリムだったがあららと思うほど肥えてしまった人もいる。膨らんだり縮んだりする人もいる。立派に肥満を維持されている人も…

禁断

禁断と言う言葉がある。ある行為を差し止める事、法度。そう広辞苑には書いてある。禁断の果実を食べたのはアダムとイヴ。欲しくとも手にしないもの、すべきでないもの、そんな意味で使われるのだろう。禁断の愛は小説や歌劇のテーマになって来ただろう。大…

ヒーローのポスター

自分の中でヒーローは一体誰だっただろうか。子供の頃はこう答えただろう。「サンダーバードのヴァージル」か「ウルトラセブン」と。キャラクターではなく実存する人間ならどうだろう。人によりさまざまだろう。アイルトン・セナを上げる人もいればアントニ…

季節のご挨拶

お中元もお歳暮もずっと縁が無かった。自分の会社員時代には上司に季節のご挨拶を送るという習慣は既になくなっていた。もう他界した父は現役時代は百貨店に赴きこれぞと思う上司に送っていた。また父も又そんな風に思われていたのか当時の家にはそれらが多…

二度目の道場

母方の祖父祖母は香川のとある港町で自転屋を営んでいた。夏休みになるとひと夏ずっと母は里帰りし自分もそこで暮らしていた。古い商店街に面した店の二階で寝泊まりしていた。朝になると通りを一団が掛け声を上げながら通り過ぎる。さながらそれは軍隊の行…

意味のないノート

♪オタマジャクシは蛙の子。そんな唱歌があった。もっともそのメロディにはさまざな歌詞がついていたような記憶があるが。実際にはアメリカの民謡でそこに日本人が歌詞をつけだだけのようだ。多くのバージョンがあるのもうなずける。 オタマジャクシと言うと…

共同作業

今では顔見世興行としか思えない、一台誰のためにやっているのかも定かで無い、そんな宴がかつて存在した。そこでは友人はかくし芸をして歌を唄い、お年寄りには詩吟や日本舞踊をする人もいた。当の宴の主たちは洋装から和装に。いやその逆か。着せ替え人形…

幸せの506グラム

ヨコカワぁ、ヨコカワぁ。機関車連結の為当駅で七分停車します。 誰もが扉から外に出る。すると首から平べったい箱を下げたオトウサン目掛けて皆殺到するのだった。中には千円札を既に握りしめているオジサンも、大きなお尻でドアをブロックして決して私の前…

レジェンドとアルチザン

御年90歳近いご主人に会うのは二度目だったが相変わらずのお話し好きで自分達の自転車を見ては楽しそうだった。いつものようにまずは店内に自転車を入れて、と言われた。古いブレーキ用のワイヤーを買おうと思っていたので、それでは、とお店に入れた。彼は…

何が起きてもおかしくない

仕事から帰宅すると妻が重たい顔をしていた。「あかねちゃんパパが無くなったんだって。あかねちゃんママから連絡があったのよ。まだ六十一歳だって。」 そんな事を言っていた。あかねちゃんとは我が長女と同い年の女の子だった。近所だったのでママ活の公園…

闇深き巡業

そこに居るはずだった。行ってみるとショーケースには居なかった。店員さんに聞くと「今朝お店を移りました」と言われたのだった。そんな話は以前もあった。そこは隣県のあるホームセンターだった。そこで偶然見かけた。元気もあり可愛かった。数か月後にそ…

息を吹き返した君

ここ数年ほど浮気をしていた。ずっと蜜月だった。全く一目惚れだった。べったリになったのはまずは見た目が良かったからだ。眉目秀麗、いや容姿端麗というべきかもしれない。いずれにせよそんな言葉はこのことかと思った。何よりも大切なのは触り心地だった…