日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

息を吹き返した君

ここ数年ほど浮気をしていた。ずっと蜜月だった。全く一目惚れだった。べったリになったのはまずは見た目が良かったからだ。眉目秀麗、いや容姿端麗というべきかもしれない。いずれにせよそんな言葉はこのことかと思った。何よりも大切なのは触り心地だった。肌にぬめりがありそれが指と手のひらに絡みつく様は蛸の粘液のような気がした。それに直ぐにやられた。そして肝心の喘ぎも良かった。くぐもった低い唸りから感極まる喘ぎまで。まさに魔性だった。更に自分好みに変身してもらったから尚離れられない。

いっときの火遊びのはずだったがいつしかメインの座に居座ってしまった。婚姻届を出すにはまず最初に離婚しなくてはいけない。重婚は罪だから。自分は悩んだ。別れがたかった。結局そのままうやむやにしてしまった。ほんの一時の遊び心だったのに。

・・いや、そんな修羅場の経験はない。あくまでも自分とベースギターとの話だ。行ったり来たりしたが自分は最終的にプレべと呼ばれるプレシジョンベースに落ち着いた。ピックアップ一つの武骨な楽器だ。ジャズべと略されるジャズベースは二つのピックアップと呼応した二個のボリュームコントローラーが面倒だったし優等生っぽく思えたのだ。ずっと普通の四弦ベースだったが、演奏する音楽も変わり四弦開放音よりも僅か半音ではあるが低い音が必要となった。一オクターブ上げるわけにもいかない。五弦ベースはそんな必要に応じて手に入れた。

試すつもりで弾いた五絃ベースは慣れると使い勝手が良かった。五弦目があることでネックの中ほどで多くの演奏が完結できるのだった。ミュートがうまくできれば便利だった。自分はギターの木目が好きだ。塗装はナチュラルかサンバーストに限る。木目が映えるからだ。またネック裏はベッタリと塗装されたものが指に絡みつく粘りがあり好ましい。サテンフィニッシュは滑りすぎるしオイルフィニッシュは指の押しごたえがない。さらには指板はローズウッドではなくメイプルにこだわってしまう。それが指の運びを助けるように思う。弘法大師ではないので筆を選んでしまう。下手くその言い訳だ。プレベジャズベよりもハイファイな音には適さないので五弦は珍しい。ようやく見つけたものは黒だった。その塗装を工房で剥がしてもらいナチュラルフィニッシュにしたもの、木目の見える五弦プレべが自分の愛機となった。本妻の四弦プレべは別にいるので浮気のつもりだったが、人間など脆いもので、こちらと親密になってしまった。

そんなことでずっと使っていた四弦のプレべはしばしお蔵入りをしていた。このプレべに行く付くまでも他のプレべもジャズべも何本も使ったがこれが一番しっくりとした。ヴィンテージ風につくられたサンバースト色の一本だった。それらを下取りして入手したこの一本、次回からの練習曲は古いブルースやソウル、それにルーツ風の音楽になる。五弦ベースはそんな音楽には見た目が合わなかった。まずは本妻の彼女?をケースから出してきた。少し弦の高さを下げよう、とブリッジをいじった。するとフレットからビビリ音が出た。ネックが少し順反りしていたのだった。弦を張りっぱなしで保管していたがあまり緩めていなかったせいだろう。ネックの反りはトラスロッドを回せば修正が効く。高校生の時に買ったベースは当時そうやって自分でネックの反りを直したが加減が分からなかったのだろう、反り方がいびつなネックになってしまった。以来怖くて、電装系パーツは平気で交換するのにトラスロッドだけは触ったことが無い。楽器屋に持っていき調整してもらった。店員氏はネックを外しほんのわずかトラスロッドを回していた。組み込み直してブリッジのねじを回し高さを変えながらフレットと弦の間にゲージを立てて弦高を図っていた。さすがにプロの仕事だった。

さあこれでどうですか?アンプに繋いだらあら不思議。ビビリもなく高さも求めていたものになっていた。信じられない程に弾きやすくなっていた。これで苦手なシャッフルビートが上手く弾けるようになるかもしれない。しかし、数年置いてきぼりにしていたらネックは反るしジャックは接触不良を起こすし、とひどい状態になっていた。あれほど恋焦がれて買った一本なのに。きっとそれは「やきもち」による嫌がらせだろう。

浮気相手は弦を緩めてケースに収めた。息を吹き返した君を前にして、楽器に限らず何事も手の収まる範囲内でやるのが良いな、と考えた。あまり手を広げすぎても、何もかたちにはならないと。

弦を緩めてネックプレートを外しトラスロッドを少しだけ回す。さすがプロの手だった。弦のビビリも無くなり弾きやすい高さになった。全く息を吹き返した。

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村