日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

小さな旅、小さな街歩き

願かけ

願い事にすがりたい。こうなってほしい、こうあってほしい、そんな思いは誰もがあるだろう。多くの日本人は八百万が神様と言われるがやはり神社仏閣を前にすると誰が教えたわけでもないが柏手をうちを頭を下げる。クリスチャンはイエス様を仰ぎ十字を切りロ…

幸せの506グラム

ヨコカワぁ、ヨコカワぁ。機関車連結の為当駅で七分停車します。 誰もが扉から外に出る。すると首から平べったい箱を下げたオトウサン目掛けて皆殺到するのだった。中には千円札を既に握りしめているオジサンも、大きなお尻でドアをブロックして決して私の前…

まぶしい草野球 

♪ 風の外野席 手のひらかざして 青い背番号 確かめてみる♪ エラーの名手に 届けるランチは クローバーの上に転がしたまま・・ きっとこの歌は、この場所を描いたのだと思った。なによりも作詞・作曲者の家から近いのだから・・・。 自分の人生の中で東京都民…

竹竿使い

♪たけやぁ竿だけぇ 拡声器から聞こえるその呼び声はかつてはよく町の中で聞いていた。最近は聞かなくなったように思う。 そもそも竹竿は何に使うのか、今の生活ではあまり用途も浮かばないだろう。布団や洗濯物を干すために使うのだが、今はベランダで干すこ…

怒る人

「おりゃー何やってんだ。今すぐ窓を開けて飛び降りろ。」そんな怒号が聞こえる。ああまたか、と思う。赤鬼のような小太りの管理職が激しく怒っている。そこは異なる事業部の国内営業部のエリアだった。自社商品以外も、なんでも売ってしまうというその事業…

スキーと白河ラーメン

一杯のラーメンを目にしていた。その店は間違えなく二回目だった。そしてそれは三十年以上前の話だった。 あの頃毎冬が楽しみだった。行くと思うと胸が踊った。スキーだった。原田知世主演の映画のヒットもありスキー全盛期だった。男同士のスキーは技術的向…

友の作ったソバ

学生時代など仲間内は渾名で呼び合うことが多かった。中にはあだ名しか知らずに本名は何だっけ?という困った例もある。 子供番組ピンポンパン。あれに出ていた河童のキャラクターがいる。その名前で呼ばれていた友人がいる。やや人見知りの気があるのだろう…

季節外れの北帰行

北関東へ向かう列車だからだろうか?列車に乗り込み自転車の入った輪行袋を固定して椅子に座って気づいた。椅子にスチームが通っていた。いやそれでは昔の客車列車だ。今はヒーターだろう。 朝6時半の長距離列車だった。新幹線も通っているが各駅停車で行け…

そば部長

いつも飽きもせずに「もりそば」ばかりよく食べるなあ。 当時自分は電子機器の海外営業部に属していた。商品を海外の会社にOEM販売していた。そのお方の肩書は部長さんだが営業ではなく技術部門ご出身で技術アドバイザーでいらした。茶色が彼の好みなのだろ…

旅をしませんか

ひどく厄介な気持ちだった。二つの想いが自分を満たす。見知らぬ地の風景に触れその空気を吸いたい。しかし一方では家の中でゆっくりと妻と時を過ごしたい。相反する思いは満ち潮と引き潮のような関係だった。波間に木の葉のボートでも浮かばせてみよう。奥…

世田谷区松原・北杜夫と宮脇俊三

一年だけ東京都民だった。それは二十三区ではなく世田谷区の西隣、狛江市だった。大学に通うためだった。小田急線を使い下北沢で井の頭線に乗り渋谷に出るか、代々木上原で千代田線に乗りかえて表参道に出るかだった。小田急線は世田谷区を東西に切るように…

横浜鶴見・点描

横浜市の一番東に位置する鶴見という土地に住んだ期間は幼稚園から小1まで、そして大学四年から、6年間の海外転勤を除き今日まで。40年を越えていた。街は随分と変わった。ずっとJR線を挟んでの末吉台地と呼ばれる西側の高台に住んでいる。昭和40年代初めの…

休日列車「楽しみの国」行き

宇都宮の駅に居た。夏も終わりで夕暮れは決して暑くない。そんな中、同駅始発の列車を待っていた。日光の2400m級の山に一泊二日かけてでじっくり登った自分は疲労感に包まれながらも無事に終えた山の余韻と満足感、下山後の立ち寄り湯、それに駅前で手早く食…

船旅

運河沿いの道は広葉樹から射す木漏れ日でまばらな陰影があり、それが風に揺れていた。大きな運河ではない。一隻の小舟程度の幅だった。自分はその道にたまたま巡り合わせただけで南西方向にある村へのサイクリングの途上だった。 一艘の船がゆっくり進んでき…

鉄道とツーリズム

鉄道ファンで読書が好きならば必ず出会うであろう作家さん、宮脇俊三氏。時は昭和50年代、時刻表に記載されていた旧国鉄の全路線を乗るという鉄道紀行文を世に出し、多くの鉄道エッセイが続いた。自分もワクワクして読んだ口だ。一体何冊手にしたか覚えてい…

至ル所ニ至福アリ

自意識過剰な若い頃、自分はもしかしたらそれほど好きではなかったのかもしれない。しかし職場の同僚は毎週金曜日になると仕事終わりに息子氏に連れて行ってもらうという。毎回どこに行くかはお楽しみだという話だから、彼女は金曜が楽しみなのだろう。いつ…

特等席

電車に乗ったら何処が特等席だろう。自分の場合は決まっている。流石に運転席は無理なので、運転席のすぐ後ろだ。流れ去るレール。変わる信号、すれ違い、そして運転士の挙動。総てが楽しい。昔は運転席の真後ろに座れる車両もあった。京急旧600系あたりだっ…

五百円の幸福

かつて馬込温泉という名の銭湯、いや、健康センターがあった。東京を出た東海道新幹線が大森で環状七号線を渡る直前に左手を見る。そこに建っていた。高架を走る新幹線からとりわけよく見えたのは低層住宅の続く中でその馬込温泉自体が中層ビルだったからだ…

駅そばシリーズ(14) 三沢駅とうてつ駅ソバ

知らない地の駅に駅ソバがあると立ち寄ってしまう。自分の中で駅ソバは旅情と直結している。初めて訪れた街、青森県三沢市。八甲田山登山のレンタカーをこの街で借りたのだ。車を返して駅に戻る。新幹線の通る街・八戸へ向かう次の電車は1時間ほど先だ。駅構…

頼もしき人たち

♪8時ちょうどのあずさ2号で・・・。 わたしは旅立つ。そんな歌に唄われた信濃路へ我々をいざなう中央本線。信濃の国へ向かうならば特急あずさ。各駅ならば高尾駅始発の中距離列車に乗り多くの場合は甲府で終点。そこからは数分の乗り継ぎで松本行がバトンを…

武蔵野逍遥のサイクリング

武蔵野と言えば何を思い浮かべるだろう。学校で習ったものといえば玉川兄弟が作った玉川上水。太宰治の入水自殺くらいだろうか。学生時代の一年間をそんな武蔵野の一部ともいえる狛江で過ごした。通っていた病院が調布にあり、また、自動車免許を取得したの…

梅まつり

家内と共に小さな旅行に行きたいな、という思いが大きかった。自分は山歩きや自転車旅などで、これまで何十年も家内を置いたまま好きなところへ気ままに出かけてきた。何時しか家内の置いてけぼりは日常風景となり、それに子供達も慣れてしまった。平日は仕…

境界線

漢字にして三文字だが、境界線とは考えさせられる。線の向こうとこちらで何か違うのだろう。 自分が初めて境界線を意識したのは、大学入試だった。通っていた予備校の試験で出てくる結果表。志望校が射程内か外か、その境界線がAやBというアルファベットで示…

おそるべし千葉

仕事で頻繁に欧州・米州・中国と日本の間を行き来していた時代。2015年あたりまでだろうか。帰国便の成田へのアプローチは多くが九十九里海岸辺りから空港へ降下する。太平洋便ばかりでなく欧州便は阿武隈の山々を越えていったん太平洋上に出て旋回した。滑…

随想の風景・山の書との再会

徒歩・テレマークスキー・自転車など、人力で旅をすることを趣味として随分と長く時間が経った。数日間も旅をするような大げさなものではない。わずか一日でも住み慣れた環境を離れ、見知らぬ風景に出会い、知らない風に吹かれる。独りになり自己との対話を…

旅の風景・廃線跡にて

自転車を降りて手で押しながら歩いている。足元の錆びついたレールが目に留まる。 細いレールだ。間違えなくそれは一日数本しか走らない支線のレールだったろうし、それが使われなくなり半世紀は近いのではないだろうか。 枕木は割れ、レールは赤く錆びてい…

森の珈琲タイム

少し離れた場所に住む友人夫妻。所要で近所まで出かけた。出かける直前にその旨連絡したら今日はご不在ということ。しかし友人宅倉庫に預けているものを取りに行く必要があり立ち寄ったらドアノブに倉庫の鍵番号と共にメッセージがあった。 「今日は仕事先で…

旅の風景・風の匂い

旅をする人なら誰も、「風の匂い」を知っているだろう。 その旅とは勿論、徒歩や自転車などによる人力の旅の話。バイクや車、鉄道やバス、飛行機などの旅行では残念ながら「風の匂い」を自分は感じたことがない。唯一バイクでは感じるが、その匂いは徒歩や自…

旅を巡る風景・コミュニケーション

サイクリングの旅。今回は駿河の国。新横浜から毎日、新幹線通勤で勤務していた三島の街。急ぐ必要のない自分は今日は鈍行で三島駅へ。そこで輪行袋からランドナーを取り出し組み立てる。いざ走行。そんなことで三島の街は、知らないところもない。我がラン…

旅の風景・あやとり

都会の大きな駅から東海道を西に向かう中距離列車に乗った。こちらは自転車旅への途中。輪行袋に入れたランドナーを先頭車両の後部スペースに固定して、やれやれと席につく。週末の朝の電車は空いていた。 隣の席にはやや天然パーマの眼鏡の男の子が座ってい…