日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

友の作ったソバ

学生時代など仲間内は渾名で呼び合うことが多かった。中にはあだ名しか知らずに本名は何だっけ?という困った例もある。

子供番組ピンポンパン。あれに出ていた河童のキャラクターがいる。その名前で呼ばれていた友人がいる。やや人見知りの気があるのだろうか、初めは彼となかなか打ち解けなかった。ただ彼と僕の間には共通項があった。それは音楽の趣味だった。二人共クラシック音楽が好きで、かつ、ロック好きだった。どちらの世界も奥深くすそ野は広い。二人ともその細かい点で好みが違っていた。二人の嗜好はマクロで合致してミクロでは別路線だったが何処かでお互いの好みを尊重していた。それぞれ自分の好きな音楽を紹介して、受け入れていた。

大学が終わってから消息不明になった。35年ぶりになぜコミュニケーションが再開したのかも定かでない。やはりそれはSNSのおかげだろう。ネットの海の中から見つけ出したのだろう。彼は何時しか郷里の東北に里帰りしていた。なかなか会う事も叶わなかったが、サイクリングルートの軌跡を伸ばすという自分のテーマを兼ねて訪問を試みた。登山かサイクリング、そんな自分の旅は天気次第で、雨の予報があれば成立しえないものだった。「的屋殺すにゃ刃物はいらぬ、雨の三日も振ればよい」。そんな台詞通りだった。週末に晴マークが続いた。この季節を逃すと自転車では厳しい冬となってしまう。連絡したらすぐに「泊まりに来いよ」と返事がきた。

玄関口の駅から国境の峠を越えるとみちのくになる。松尾芭蕉が辿った「白河の関」を抜けて全行程50キロだった。お互いにすぐに認識した。会って最初に僕は謝った。ピンポンパンのキャラクター名で六十歳の彼を呼ぶわけにもいかなかった。悪かったな、これまで失礼ではなかったか?と。すると彼は笑って言う。「どっちでもいいよ。どっちも僕の名前だから」と。それではすまんな、慣れているから、と彼の事を昔ながらの綽名で呼ばせてもらった。

彼は当時と何も変わらなかった。知らなかったが友は大学四年の時にわざと一単位落として留年していた。モラトリアムをもう少し楽しみたかった、と言う理由だったようだ。幾つもの職を転々とし三十歳代の頃は親を神奈川のアパートに引き取ったという。医療が優れているということだった。甲斐なくご両親は世を去り東北大震災の後に彼は帰省した。空き家だった実家は荒廃し、彼はそれを自分で地道に片づけたという。

仏壇のご両親に焼香を上げた。ご母堂様はくるりとした目が彼によく似ていた。町営温泉施設で汗を流してから、さて二人で一体どれほど飲んだのだろう。苦労の多かった過ごした時間を語るのもよし。そして二人の共通項をじっくり楽しむのもありだった。僕は聞いてみたいと思っていた多くのロックのアルバムを聞かせてもらえた。そして、彼の知恵を借りて造りたいと思っていたものを下書きレベルに書く事が出来た。それは「ロックの図表・年表」だった。ロックは何処から生まれてどのように派生して細分化していったのか?そんな全体絵図を整理したいと思っていた。勿論彼の音楽の好みにある種の偏りがあることは承知のうえだ。しかし少なくとも僕の何十倍ものロックを彼は聞いていた。「いいね、ではやろう」。小さなノートを広げて、1950年代から1979年代辺りまでを横軸にして、縦軸にロックの種類や代表的プレーヤーを書いていく、そんな手法だった。表は直ぐに情報で一杯になった。

楽しいひと時はあっという間だった。翌朝彼は暖かいかけそばを作ってくれた。切ったばかりのネギが載っていた。彼はなかなか料理が得意だったと思い出した。ネギの良い香りがした。それが朝食だった。東北の地は朝は寒い。それは心にしみた。

また会おうな、と言って駅の改札で別れた。また会いたい、しかしそれが叶うかはわからない。また会おうという言葉は無責任で罪深いな、と思うのだった。荒井由実も「十二月の雨」で歌っている。「♪思い出の日には、また会おうと言った。もう会えないくせに」と。男女の歌ではあれどそれは男同士でもある話だろう。誰もが皆歳を取っていく。酷く不確実な時間の上を自分たちは進んでいるのだから。 嬉しさと寂しさ。喜びと悲しみ。それらは実は同じことで単に表と裏、陰と陽の違いではないか、と思う。

みちのくの風景は風に流れて消えていく。僕は自分の住む街へ帰っていく。別れたばかりの友の顔が浮かぶのだった。呼び親しんだピンポンパンのキャラクターのように笑顔だった。

冷えた朝だった。さすがにそこは「みちのく」だった。友は暖かいそばを作ってくれた。朝飯だよ、食べような。ありがとう。またいつ、こんな風に手作りのかけそばを食べられるのだろうか。元気でいような、ともにな。

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