日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

風に揺れる耳

それは決してそよ風ではなかった。高速道路を走るトラックの荷台だった。幌はかかっているが捲れた布から大きな塊が見えた。番号札のついた耳が風に揺れていた。黒い肌の中に埋まったような真っ黒な瞳が少し動いた。高原のそよ風なら気持ちよかろう。しかし…

空想の庭

もし自分の家に広い土地があったら、どんな庭にしたいのだろう? 林の中に棲んでみたいという思いが芽生えたのはやはりアウトドア誌のお陰だろう。そんな雑誌を楽しむようになったのは社会人になってすぐだった。しかし生活の拠点は会社と家のある首都圏に限…

パタカラ体操

職場の二階は高齢者デイサービス施設だがそこに「パタカラ体操」と書かれたポスターがある。職員の手作りだがお爺さんとお婆さんが並んで大きく口を開けてパ・タ・カ・ラと言っている絵が描かれている。なかなかに可愛い昭和のご老人のイラストだった。入れ…

余り物は何でも使え

名古屋という街には余り直接的な縁がない。横浜の小学校を卒業した春に父は広島に転勤となった。そこへ向かう途中に何故か名古屋で一泊した。お城は立派だがコンクリート製だった。むしろその堀の中に敷かれていたレールに目が行った。名鉄瀬戸線。電車好き…

お母さんの店

焦げ茶色のやたらによく震える電車を降りると駅前から砂利道だった。ダンプカーの上げる砂埃を払いながら歩くと道沿いにぽつんと小さな建物があった。店舗と民家が同じ建物なのだろうか、そこからは昼ご飯の匂いが漂っていた。ガラガラとガラス扉を開けると…

バゲット一本

どの国にも美味しいパンがある。日本なら食パンだろうか。イギリスのパンから来たようだが日本の食パンは柔らかさを追求しているようだ。実際テレビのコマーシャルも生の食パンが如何にふわりと千切れるかを見せるシーンが多い。似た形でもこれをイギリスで…

俊英の筆

自宅で新聞を取らなくなって久しい。時事ニュースはネットが早い。経済記事は日経電子サイトがあった。こちらは有料だったがいつでも気軽に読めた。それもあり新聞を止めた。朝4時半にポストに投函される音で目覚める事もあったがそれもなくなった。 日経電…

我慢比べ

初めて飲んだ酒はビールだったか。いやもしかしたらお正月のお屠蘇だっただろう。たしかに子供でも一口程度は唇を濡らしたかもしれない。 大っぴらに飲みだしたのは大学生になってからだ。当時は十八歳であれお構い無し、そんな時代だった。一人住まいを始め…

北へ向かう鳥

春めいた一日だった。朝の散歩は犬の排泄も兼ねるので欠かせない。風も柔らかい。有意義な日にしようと思う。 朝食を食べながら考えた。県の西部へ梅を見に行こうかと。小田原の近郊は曽我の地に梅林がある。数年前、もしかしたら自分がまだ会社員の頃だった…

犬の会話・福之記10

散歩に行く。いつも同じルートだと認知力が落ちるのでたまには違うところへと行く。とはいえ近所の住宅地などたかが知れているので車で少し走ってから馴染の薄い場所を歩く。すると新しい発見もある。 それは我が家の犬も同じこと。知らない土地は地面を頻繁…

餃子の憂鬱

この文のタイトルに憂鬱という言葉を選んだ。美味しいものを食べるのに憂鬱などおよそ相応しくない単語なのに。 人類滅亡の日が明日とする。すると今夜が最後の食事。そこで何を食べるのだろう。くだらないが本当にそうなら頭を悩ます。ラーメンを別格とする…

貧乏性

ウーロン茶やジャスミン茶。中国のお茶はどれも健康に良いように思える。脂っこい料理が多いがそれを洗い流す、とも聞いたことがある。たしかに炒め物や揚げ物とともにそれらを飲むと食道から胃のあたりがスッキリする。しかし腹が出て、体重計の針は右に振…

整理整頓

誰しも何に付け得手不得手がある。身の回りの整理などは最たるものだろう。その人の机の上を見ればほぼどんな人かがわかる。現役時代の自分の会社の机の上には書類が軽く20センチは溜まっていた。それが一箇所ではなく机の左右に在り辛うじてPCと外付けモ…

面取り

木材は工作の前に角を面取りするように。そう技術家庭の時間に教わった。角材から木柱を作る場合でなくとも、木肌が手に接する箇所は角をやすりで綺麗に落とすように、そんな内容だったと思う。 心地よく晴れた休日だった。朝の散歩では北からの風は強かった…

メビウスの輪

不審なメールを妻が受け取った。契約している電力会社を名乗っていた。曰く、先月分の電気代が未払いで停止しますと。かなり一方的な文面だった。電気代は口座自動引き落としにしていたが使用量に無関心になってしまっていたので数か月前に支払い方法を振り…

不安定な均衡・台湾的風景

台湾旅行で自分たちが選んだのは空港からホテルまでガイドさんが随伴してくれるものだった。昔なら迷いなく航空券だけを買いあとは自力だった。それが旅行だった。アメリカやヨーロッパでよく見る風景・・揃いのバッチを胸に観光バスから降りてきて旗を持っ…

イヌリンピック・福之記9

子供のころから運動音痴だった。小学生なら誰しもが夢中になったのは草野球だった。空き地があればどこでもできた。だれもが王・長嶋になりたがった。自分は柴田が好きだった。王と長嶋は輝きすぎていたが柴田・高田・末次辺りは地味にかっこよかった。しか…

簡潔に追悼

小澤征爾氏が逝去された。八十八歳。今晩のニュースを見ていて知った。食事時、思わず箸が止まった。 娘からすぐにラインが来た。「パリで観た時凄かったね、残念」とあった。当時小学生だったのだが彼女はよく覚えていたのだろう。シャンゼリゼ劇場の最上階…

妻のプレイリスト

すまないけどこの曲をスマホに入れてくれない? そう言って紙切れに書いた曲の一覧が手渡された。どれもが自ら好んで聞く曲ではないので手持ちのCDも無かった。結婚した頃妻が買ったCDを引っ張り出した。自分はCDの入れ替わりが激しいので昔の盤で残っている…

私の子供達

「きちんと読んで頂きありがとうございました。コメントが沁みました。この作品はある実在の川を軸に過ぎた時間を積み重ねるような思いで書いたのです。」 そう言いながら途中で感極まって泣いてしまった。自分の書いたものを初対面の方々にしっかり読んでい…

小さな共同体

寒気到来、平野部でも降雪予想、要警戒。そんなテレビ放送が続いていた。警戒心よりも「そうか来るか」と妙にときめくのは雪に縁遠い瀬戸内海の生まれだからかもしれない。確かにその夕方から雪は強くなった。坂の多い街だ。バスは運行できなくなり誰もが諦…

隠れ家にて

そこは隠れ家のような店だった。赤坂から乃木坂に抜ける緩い上り坂から少し奥まった場所だった。 木の扉の上部にだけ細長いガラス窓が在った。この中を覗くのは勇気が必要だった。扉を開けるとマスターが店の準備をしていた。彼に会うのはもう四十年ぶりに近…

曇りのち晴れ

今の世の中、買い物に現金を使う人の割合はどの程度だろう。少なくとも駅で切符を買う人は新幹線などを除くとほぼゼロだろう。非接触IC技術が開発されてからはICカード一枚で事足りる世の中になった。バスも然りだろう。 いつもの駅とは違う私鉄に乗ろうとし…

白の上塗り

とある木工品を作っている。サンドペーパーで木肌を整え木工ボンドを使った。塗装する必要があった。色はトリコロールとした。フランスに住んでいた頃、パリの空の下で何気なく揺れている国旗には嫌みが無くて好ましかった。特に青空を背景にすると良く映え…

困ったことに

週に一度の銭湯巡り。贅沢日と呼んでいる。行き先のレパートリーも増えてきた。黒い湯の温泉、炭酸泉、ジェットバス、露天風呂。毎週違う湯に行く。何処も二人で千円。今どき風呂のない家はないだろう。しかしいつも人が多い。つくづく日本人は風呂好きなの…

風のいたずら

夜道を自転車で走っていた。仕事帰りだった。この時間は住宅地のバス停で降りた客が散っていくと路地を歩く人など誰もいなくなる。風の吹く夜だった。いや、木々は揺れるのだが風はもっと高い空に吹いていたようだ。その余韻が舞い降りて下界の木立を騒がせ…

教えと祈り

歌と楽器。どちらが先に生まれたのだろう。現代のデジタル知恵袋であるネットの知恵を借りると旧石器時代から打楽器が見られたとあり笛も同様のようだ。鍵盤楽器も紀元前、弦楽器は中世とある。 誰しも嬉しい時、悲しい時に歌が寄り添うだろう。歓びは歌にな…

罪作りな器たち

中華鍋の把手にはタオルでも巻き付けられている。そこを握り鍋を揺らす。もう一つの手は玉杓子を踊らせる。この時の音を形容するならカラコンカラコンとなる。米は宙を舞い鍋に着地する。ウルトラCだろう。オヤジの鍋杓子使いは神業か。最後に中華鍋をもう…

二つの鍵・台湾的風景

そのお寺は広くはないが多くの市民で溢れている。ホテルから地図を片手に適当に散歩する。とある路地に迷い込んだ。幅2メートルか。長さは数百メートルありそうだ。ビルの狭間の通りはウナギの寝床だった。一間取り二メートル程度の店舗だ。そこにはさばいた…

憂いもなく

新年を迎えて早くも一月が経とうとしている。月日の経過の速さと年齢を重ねる事にはある種の相関関係があると思っている。それは直線で表現できるものではなくそこに何らかの偏向が働く。十歳の時、二十歳の時、五十歳、そして今。感じる一日の速さは高齢に…