お友達の奥様が見えた。ご夫妻と知り合ったのはもう三十年も昔だろうか。その頃は都会に住んでいらしたが高原に移住されたのはもう十五年も前だろう。
以来登山やサイクリングの帰り道に立ち寄っていたらいつか自分も還暦の年からその高原に住むようになった。奥様は料理づくりがお好きでお菓子もよく焼いていらした。手作りのジャムをどれほど頂いただろう。
チャイムが鳴り外に出てみると奥様がいらしたのだった。ケーキ焼いたからどうぞ、と言われた。リンゴの乗ったパウンドケーキだった。それではティータイムにいただきます。とても美味しそうだった。そんな奥様は旦那様と二人でご自宅の庭と畑を手入れされている。庭の草花の扱いについて伺った。以前聞いたことを確認したかったのだ。
庭には西洋紫陽花・アナベルが植えてある。全部で三株、春の半ばから咲き始め秋の半ばまでずっと鮮やかで優しい色合いでし目を楽しませてくれた。記憶が正しければ、花季が終わり花が枯れたらそれをはさみで落します、そんなことを言われていた。しかし花とは自然にはらりと落ちるものではないだろうか?花ごとガクリと落ちる椿やハラハラと吹雪のように散るあの桜のように。だから自分はそんな訪れを待っていた。しかし季節を終えた花は散ることも無く、あの、アジサイの花の形のまま枯れ果てて風の吹くに任せている。
奥様にもう一度確認した。落とすのですよね、と。まずは花だけを落とし枝も中ほどから落とすけれどまだ葉がついているので冬の終わりまで待ちます。そして春先に枝も落とすとまた綺麗に咲きますよ、と言われた。
少しばかり勇気が必要だった。ハサミを持ったが夕暮れが迫り強い風が北西から吹いていた。
明日か明後日に、天気のいい日にやろう。そう先延ばしをした。頂いたリンゴケーキを食べながら紅茶をいれて庭を見る。枯れていてもアナベルがなくなるのは淋しい。昨年は花を切らなかったけれど今年も咲いたではないか。しかしスッと切ると来年はもっと花は大きく長持ちするかもしれない。
僕は、出来るならばこの先しばらく荒天が続けば良いな、そう思うのだった。
