日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

色の競争心

勝負ごとにこだわるのが好きではなかった。勝っても負けても、自分には関係がないと思っていた。子どもの頃は、巨人が勝つと嬉しかった。それは王や長嶋が活躍すると格好よかった――それだけのことだ。

歳を重ねてからは、そんなことにいちいちエネルギーを費やすのは無駄だと思うようになった。

自分で立てた目標を達成できたら、それはきっと嬉しいに違いない。そう推量形で書くのは、そんな経験がほとんどないからだ。

そんな自分だから、闘争心をむき出しにする人間が苦手だった。どう対処すればいいのかわからない。愛想笑いを浮かべてその場を繕い、そっと姿を消すようにしていた。

相手を負かして、何が面白いのか。そんなこと、どうでもいいではないかと思う。そんな自分が登山やサイクリングに夢中になったのも、当然かもしれない。勝ち負けがないからだ。

強いて言えば、立てた目標を達成できたら――山頂に立てたら、あるいは予定したルートを走りきれたら勝ち。…そうでなければ、負け。そんなところだろう。

* *

近くの森を散歩していた。海抜千メートル。高原の森だ。

背の高い針葉樹と広葉樹、常緑種と落葉種が混じるその大きな林は、夏の間、格好の散歩道だった。犬もよく喜んで歩いた。けれど秋になり、高原を冷たい風が渡るようになると、その広い山裾の林は少し遠く感じられた。

背中を丸めて歩くか、風に向かって歩くか。いずれにせよ、少しのためらいがあった。久しぶりに穏やかな日があった。犬を連れて森に行った。

驚いた。様々な色がそこに在った。カラマツ、ブナ、モミジ、ドウダン……名も知らぬ木々の紅葉が盛りだった。

それぞれの色が違う。黄色から朱へ、そして深い赤へ。幾つもの色が競い合っているようだった。

「我こそ秋の主役なり」と。森のあちこちで小競り合いがあり、森全体が燃えているようだった。それは、色の饗宴だった。

――なんだ、ここでも戦いか。しかし、勝ち負けはない。誰もが美しいのだから。

* *

森を抜けると、いつもの長閑な山里の眺めが広がった。ススキが風に揺れ、そこは戦いが終わった野原のように見えた。しばらく歩いて振り返る。まだ森は赤い。

その時ふと、思った。競い合うことも、生きる力のひとつなのかもしれない。

この時ばかりは、競争心も悪くないと思えた。

自分が戦うとしたら、それは癌への不安、見えない先行き、そして衰えていく自分自身なのかもしれない。それでも、燃え尽きるまで競い合うように、生きていけたらと思う。

やがて森の赤は遠ざかり、光の中で小さくなり、何もなくなった。

高原にて。冬にさしかかる前の、ひとときの魔法だった。