日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

八ケ岳ライフ

答え探し

高さにしてゆうに十五メートルは超えているミズナラの林だった。僕は夜のウッドデッキに出て風のままに揺れる暗い林のシルエットを見ている。夜も更けて上着がないといられないほどの冷気があたりをつつむ。我が家の裏手には沢がありそこにはミズナラの林が…

恐れすぎなのか

もう何十年も昔だろうか。共に山を歩いた事は無いがグループのメンバーとして知己のある二人の山仲間が越後の山で救助された。今でいうドクターヘリに乗ったと聞いた。その原因はスズメバチだった。スズメバチに二度刺されると初回時に刺された際にできた体…

横浜の味

五十年近い年月を横浜市民として過ごした。当然ながらその地の食べ物に好きなものが多い。港があり西洋文化が入ってきた。華僑もまた住み着いた。洋食そして中華。横浜の食文化はその地を離れ山梨に住む今も懐かしく、時折接したくなる。決して遠い場所では…

Vin de Shih Tzu

山梨県、今となっては自分が住む県。人にはそこは便利なの?とも聞かれるが、さて便利とは何だろう?いつもの通り広辞苑を開けてみる。都合の良い事、上手く役立つこと、そう岩波書店は書いている。都合が良いか悪いのか、役立つか役立たぬのか。それは個人…

日々これ好日

自分が移住した街にはアウトドア雑誌や山梨県の地元新聞社に稿をよせているライター氏が住まわれている。彼はバックパッカーとして日本中、いやアパラチアントレイルやオート・ルートをはじめとした海外のトレイルもバックバッキングで歩きそれを紀行として…

我が街の駅そば

駅そば好きだ。駅そばとは駅のホームや構内にあるソバ屋。それについて文庫本も出ているほどにマニアも多いと推測する。今は昔となったがそれでも安い。早い。美味しい。昔の牛丼屋のようなキャッチフレーズだろう。 駅そばの最大の魅力は立って食べること。…

高原への道

等高線で見ると緩やかに見える。下見でも車で何度か走ってみた。コースの半分は森の中で日差しも遮られるだろう、そう思った。 会社時代の先輩お二人が泊りがけで遊びに来てくださった。入社した部門の先輩と他の部門の先輩。ともに海外営業のお二人だった。…

闇夜のデッキ

夕食後。ウィスキーを飲みたかった。今日一日は庭仕事だった。庭の防草シートを剥がして燃やすごみの袋に入れた。それは十五袋に及んだ。そして混合燃料を補給して狩り払い機のエンジンを入れた。心地よく歯が回り僕はまるで破壊王のように雑草を刈り払った…

森のナポリタン

ナポリタンを食べたい。そう思う事が多い。たまたまだろうがSNSでナポリタンがらみの投稿をよく見る。あのケチャプの濃厚な味が欲しくなる。もっともきちんとしたナポリタンを余り食べたことがない。自分が子供の頃に母の作ったスパゲティ料理はそれに近かっ…

嬉しい副作用

何時からだろうか、「お薬手帳」という冊子が登場しそこに自分が処方された薬が時系列で記録されるようになったのは。それまでは医師の診察を受けてから病院で薬を貰っていた。ところがやがて病院は処方箋だけの発行と変わり、薬は処方薬局で貰うようになっ…

学友

学生時代の仲間二人が我が家に遊びに来た。年賀状のやり取りだけとなった関係から久しぶりに会おうと切り出したのは僕だった。そしてこの数年の間に何度か会ってきた。 S君は今や行税書士事務所を四軒経営している男だった。学生時代からすでにサラリーマン…

ハローワーク

昔は「職安」と言われていた。今ではハローワーク。名前が変われば印象も変わる。その建物には以前ほどの悲壮感を感じない。就職した会社で会社人生活を全うする人は今はいかほどの割合だろうか。終身雇用という仕組みは消えた。しかし自分が社会人になった…

夜の散歩道

一日を病院の待合室で過ごした。とても混んでいた。二科を受診しようとしたのだから時間がかかっても仕方がなかった。朝十時前に家を出て診察を終えたら十四時だった。外に出てホームセンターで培養土を買った。庭木を少しづつ植えようと考えていた。 帰宅し…

壁飾り

引っ越した高原の家にはこれまで飾っていなかった絵を飾った。簡素な部屋にしたいのに妻が作った額入りの刺繍や飾っていなかった絵も飾るとなんだか急に所帯じみてしまった。そこで居間から絵を外して、代わりに寝室と自分の書斎に飾った。 自分の部屋には妻…

た・ね・い・ぬ

フゴゴゴ…。ふと目が覚める。妻のいびきかと思う。そうかも知れない。少し眺める。するとウガガガと聞こえた。横たわったお腹が大きく膨らんだ。息を吸ったのだろう。・・なぁるほどそうか。夢でも見ているのか。どんな夢なのだろう。そう、半年か。そんなに…

赤提灯

学生時代の仲間に部屋に赤提灯を飾っている奴がいた。もしかしたらそれは何処かの店先からかっぱらってきたのかもしれなかった。夜になりそれを室内で点灯させるのだからまるでその四畳半は怪しげな飲み屋になる。実際そこに男どもが安い焼酎やそれを割るた…

表情

人間には喜怒哀楽がある。それが表情として現れる。それはしかめっ面よりは満面の笑みのほうがよい。周り全てが幸せになるから。しかしそうもいかない。人間は感情の動物だ。 山にも表情があると知った。引っ越した我が家の窓からは深田久弥の言葉を借りるな…

かがやく道

音楽に気軽に接することが出来る、手軽に静かに本が手に取れる。そんな街に憧れている。それにはもちろん、東京や横浜が良いのだろう。世界屈指のオーケストラが、ソリストが来日するし音楽会など毎日どこかで行われている。ドームには大物バンドも来日する…

晴耕雨製・ラジオ作り

新しく住み始めた高原の天気のサイクルはなかなか読めない。晴れる時は思い切り晴れるが降る時はしっかり降る。風が強い日もあれば弱い日もある。海抜九百メートルの地では雲は目線より少しだけ高いだけだ。三千メートル級山岳に南北を挟まれている。南には3…

森のカフェ

アカマツがゆっくり風に揺れている。僕はそれを飽くことなく見ている。どのくらい時間が経ったのか、それも定かではない。 高さは三十メートルあるだろうか。真直ぐに伸びてその頭部に葉がある。巨人の使う歯間ブラシに見えなくもない。ムーミン谷に住むニョ…

父と娘

長女が学生の頃は毎年正月休みに二人でスキーに行っていた。運転が面倒くさいので日帰りバスツアーで長野は菅平方面のスキー場だった。気楽なもので娘と二人で帰りのバスの中ではずっとビールを飲んでいた。プッシュプッシュと蓋が開きするめや貝ひもを食べ…

ルーズな奴ら

高原の地に移り住んでから車に乗り走る距離が格段に増えた。都会の住宅地では十分も歩けばコンビニもスーパーもあった。この地では車で三分、歩いて二十分だろうか、小さいが必要なものは何でも揃う店がある。しかし自身の病院や犬の病院、色々な食品、衣料…

分水嶺

甲府から自宅へ帰る途中だった。駿河湾に流れ出る富士川はこの地に遡るまで幾つにも分かれる。本流は釜無川と呼ばれる。それに沿った道だった。甲府には修理のために自転車を車に載せて店に訪ねて行った。プロの手によりそれは直ぐに治った。自分はサイクリ…

私のベーグル

友から手作りしたベーグルを頂いた。とても美味しい。簡単だよ、と友は言う。トライしないわけにはいかない。 ネットには様々なレシピがある。最も楽そうなレシピを選んだ。生地作り、一次発酵、形作り、二次発酵、茹で上げ、焼き上げ。そんなステップと知っ…

やる気スイッチ・スープカレー

北杜夫氏は自分の好きな作家だが、彼を人気作家にのし上げた1965年の書「どくとるマンボウ航海記」はいったい何度読んだのか。水産庁の調査船の船医として彼は船に乗り込み航海に出た。彼にとり初めての海外だ。スリランカのコロンボに立ち寄った時の話…

二台の車

全く不思議だと思う。自分と妻の間に生まれた子供は半分自分で半分は妻。しかしそれは受精卵の話であとは自らが細胞分裂を続け十ケ月後に「オギャア」と世に出てくる。そこからその子は母と父を最も重要な影響を与える因子として成長していく。ある時は母に…

ご主人のベーグル・奥様のジャム

友人の家までは車で三分だろうか。しかしそれは都会の距離感ではない。渋滞も信号も無いのだから距離にすれば二キロだろう。彼から借りたものがありそれを返しに行った。白砂利のアプローチの奥に車があった。あ、ご在宅だな、と嬉しくなる。 簡単な挨拶だけ…

幸せの小道具

大学生の頃、憧れの女性が居た。少しだけアンニュイな空気、そんな女性だった。キャンパスですれ違うと軽いめまいを覚えた。胸が高まるが口下手な自分は話しかけるのに勇気を必要とした。幸いに友人を介していつか仲良しグループが出来た。その中心に彼女は…

冷えたワイン

青空の下で飲むビール。美味いなぁ、と思ったのはテキサスだっただろうか。ドライカウンティが多いテキサス州だが自分が良く行った街は酒が許されていた。空港から仕事先には当然レンタカーを借りる事になる。早く仕事が終わったならば少し早い夕方にテック…

旅の途中

高原の駅で各駅停車を降りた。そこは終着駅だった。僕は北東からの上り列車に乗っていた。その駅は新宿まで続く幹線路線の駅で、特急も止まる。そして信濃へ向かう数両編成の高原列車の始発駅でもある。水が良いのでウィスキー醸造工場がある。天然水とよば…