日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

創作

雲間の菩薩 

樹林帯を抜け出すと灌木帯だ。随分と手を焼かせてくれた。崩れやすい尾根道を注意して進む。足場の目安を立て露岩に手をかけて体を上げた。それ以上高い場所はここにはなかった。朝から曇っていたが薄くなった空気の狭間がゆっくりと解けた。いったん緩むと…

雪の残滓

白一色の無機質な壁、重く響く画像診断機の音。雪が降り続くとすべての風景は白に閉ざされる。美しいものも汚れたものも覆われて、区別がつかなくなる。白とは不思議な色だ、と滉一は思った。 自分の病で来たのではないにも関わらず、白い部屋は何故か心を落…

私の子供達

「きちんと読んで頂きありがとうございました。コメントが沁みました。この作品はある実在の川を軸に過ぎた時間を積み重ねるような思いで書いたのです。」 そう言いながら途中で感極まって泣いてしまった。自分の書いたものを初対面の方々にしっかり読んでい…

僕のセーター・福之記8

生まれた時から服なんか着たことは無かったよ。生まれたての記憶はないけどママが僕をたくさん舐めてくれたよ。それで目が覚めたのかもしれないんだ。 ボクは生まれてからすぐにママと離れてしまって、何故だろう、檻の中にずっといたんだ。時々お爺さんがや…

創作・ひとりごと

いやぁ僕に気づいてくれたかい?こちらにおいでよ。すこしは涼しいでしょ。おひさまさえぎられるからね。 今日はずいぶんとにぎやかだなぁ、さっきからみどりいろの帽子をかぶった子供たちがたくさん来ているよ。ちかづいてきて僕にさわったりするんだね。お…

創作・水に垂れる花

山から下りる道は楽しいものだ。だんだんと人里の香りがしてくる。シイタケ栽培地のような薄暗く湿った地から乾いた畑に下り着くこともある。古びた神社の裏手に出る事もある。小さな泉が湧く谷戸の最奥に下り着くこともある。農道の片隅に道祖神やお地蔵様…

創作・糸かがり

一日がノートの一枚のページだとすれば、過ぎし日々はそれを綴じたものといえる。それを本と言うならば、その本は聖書や広辞苑のように分厚いだろう。 一人息子は栃木県の地方銀行に就職していた。賢一の住む横浜からは近くはない。なぜ栃木なのか賢一には分…

創作・白い光に満ちた部屋

室内が明るいのは好い事だな、と俊介はいつも思っている。 さまざまな症状と、我が子を思いやる気持ちがさして大きくない部屋を満たしている。そこは苦しみと心配、そして慈愛が交錯している部屋とも言えた。部屋が白く塗られて明るい事が救いだった。それで…

創作・モウセンゴケ

この花は余り気持ちが良いかたちではないな。そんな事を遠藤康太は考えていた。ギアをPに入れてサイドブレーキを強く引っ張ったのは停車地が坂の途中だったからだ。車に同乗したトレーニングウェアの女性が後扉をスライドさせ軽やかに出て行った。左側に一段…