創作
いやぁ僕に気づいてくれたかい?こちらにおいでよ。すこしは涼しいでしょ。おひさまさえぎられるからね。 今日はずいぶんとにぎやかだなぁ、さっきからみどりいろの帽子をかぶった子供たちがたくさん来ているよ。ちかづいてきて僕にさわったりするんだね。お…
山から下りる道は楽しいものだ。だんだんと人里の香りがしてくる。シイタケ栽培地のような薄暗く湿った地から乾いた畑に下り着くこともある。古びた神社の裏手に出る事もある。小さな泉が湧く谷戸の最奥に下り着くこともある。農道の片隅に道祖神やお地蔵様…
一日がノートの一枚のページだとすれば、過ぎし日々はそれを綴じたものといえる。それを本と言うならば、その本は聖書や広辞苑のように分厚いだろう。 一人息子は栃木県の地方銀行に就職していた。賢一の住む横浜からは近くはない。なぜ栃木なのか賢一には分…
室内が明るいのは好い事だな、と俊介はいつも思っている。 さまざまな症状と、我が子を思いやる気持ちがさして大きくない部屋を満たしている。そこは苦しみと心配、そして慈愛が交錯している部屋とも言えた。部屋が白く塗られて明るい事が救いだった。それで…
この花は余り気持ちが良いかたちではないな。そんな事を遠藤康太は考えていた。ギアをPに入れてサイドブレーキを強く引っ張ったのは停車地が坂の途中だったからだ。車に同乗したトレーニングウェアの女性が後扉をスライドさせ軽やかに出て行った。左側に一段…