日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

創作・水に垂れる花

山から下りる道は楽しいものだ。だんだんと人里の香りがしてくる。シイタケ栽培地のような薄暗く湿った地から乾いた畑に下り着くこともある。古びた神社の裏手に出る事もある。小さな泉が湧く谷戸の最奥に下り着くこともある。農道の片隅に道祖神やお地蔵様が祭られていることもある。百の山があれば、百の里の光景がある。里の良いところは人間の営為がある事だろう。そこには生きた人がいて、生活がある。少しばかり人に会わずひと気のない山歩きをしてきた身には、妙に心安らぐ光景があるものだ。

山道は尾根を離れ谷を巻くように下りて、造作の粗い舗装道路に出た。軽トラ一台通るのがやっとという農道だった。今朝通ったものか、軽トラがつけた泥のタイヤ痕が続き、時折、荷台から落ちたのか土の塊が馬糞の様に道路にひしゃげていた。山を下りたという事から張りつめていた気持ちも収まり、帽子を脱いで足の向くまま気楽に歩くのだった。それが許されるのが里道の良さだった。

ある農家の前で、怒号に気づいた。それはこんな長閑な山里には凡そに会わないものだった。

- ホースをこう持って、前に繰り出すんだよ。ちゃんとやりなよ。
- もっと、もっと。

自分と同じくらいだろう初老の男がそう怒鳴っていた。少し後ろに控えるように立っているのはお爺さんだった。背中しか見えないが、長靴を履き腕には泥除けのアームカバーをしていた。どう見ても二人とも野良の姿だった。遠慮ない言葉遣いに、息子と父親だと思った。赤の他人にかける言葉でもないように思えたのだった。

畑を前にした家だった。ネギを植えているようだった。敷地内の花壇には花が植わり、ちょうどアヤメが盛りだった。傍から見れば親子でそこに水やりをしてやるという風景に見えた。そんな行為なら、なぜ声を荒げる必要があるのも分からない。ただ、息子であろう彼の必要以上に大きな声はどうやら父親には通らないのか、父親は言葉の下、一歩たりとも動かなかった。立ったまま握ったホースからは水が滴っているのだった。

耳が悪いのか、体が動かないのか、もしかしたら認知力が低下してただ怒る息子を前にして茫然自失としているのかもしれない、そんな事を傍から見て思うのだった。認知症の方への対処についての講習会を職場で受講したのは半年くらい前だったろうか。認知症患者でも他人の喜怒哀楽が伝わるという話が印象的だった。

きっと息子さんは自分の思った通り動かない父親が情けないのかもどかしいのか、反応を示さないのが許せないのか。そんな事を感じだ。しかし怒鳴っても何も起こらないのだ。あなたのお父さんでしょ。どうかそんなに怒らないでやってほしいな。お父さんはきっと、あなたの怒りを前にどうしてよいかわからないだけだよ。そう言い伝えようかと踵を返しかけたが、やめた。事情も分からないただの通りすがりの者だった。

ホースを手にじっとたちすくむお父さんの姿が頭に焼き付いて離れなかった。庭の水やりは進まぬようでお父さんのホースからはいたずらに水が出て、アヤメは重い水を受け少しうなだれている、それだけの光景だった。水を止めればよいだろうに息子がそうしないのは、もしかしたら水道を締めるとホースが柔らかくなり父親が握ったまま倒れるのではないか、そんな危惧を感じているのかもしれなかった。幸いに車を停めた広場は近かった。これ以上息子さんの怒りに触れる事が無いと思うと足は早まった。そこに、同じことを繰り返して話しをし伝えたことをすぐに忘れるようになってしまった母親に対する自分の想いと近いものを視た。そこから早く離れたかった。

芽生えてしまった重たい感情をそこに置いて行こうとしたが、どうやら無理だったようだ。それは十年後、二十年後の自分の姿かもしれない、と思うとひどくうすら寒いものだった。

長閑なはずの山里。いつもは季節の空気と人里の持つ暖かさがそんな里を覆うのだが、今日ばかりは怒りと悲しみ、そして、多分、諦念がそこにあった。道路の上につぶれたトカゲが横たわっていた。彼が畔に逃げ込む僅か50センチ手前だった。

里山に咲き乱れるアヤメに、お父さんは水をやりたがっただけなのだ。何が悲しくて、怒られなくてはいけないのだろう。

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