日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

秘密の宝箱・着ぐるみ

アキラは小学生のころから犬が好きだった。祖父の家にいたのだから。ハアハアという息遣い。黒くて丸い目。優しい顔。触っているだけで嬉しい。

しかしノラ猫も祖父の家にやってくる。どこからともなく。裏の川から遊びに来る沢蟹の歩く家は、彼らにとっていい餌場なのだろう。静かに足音もたてずに。

ひたり、ひたり。

やおら飛翔し、沢蟹は真っ赤になり泡攻撃をするが、そのまま猫の手がのびる。口にくわえられて再びひたひたと。アキラは無性に腹が立ち、草履を取り上げて猫に投げた。もちろんそれは当たらずに、彼は塀の向こうに消えた。悠々と。

大人になったアキラは犬を飼った。小型犬。とてもかわいい。それはパグだった。マルという名前。この潰れた顔がよい。マルはどうしてそんなに困った顔なの? なんでそんなに丸い目玉と瞳孔なの?

だって、アキラ君の愛が重いから。まん丸なのは生まれつき。瞳孔を丸く絞らないとさ、愛で溢れてしまうから。

何を言う。君はたくさんのオキシトシンをくれるから、あたりまえだ。さ、マル、散歩。

路地に出ると、前を歩いている。ちぇっ、くそネコめ。背中をまるめて、ひたりひたり。マルは足を停める。

燃え上がる敵愾心。宣戦布告。アキラは靴を抜いて、それをソイツに投げた。左右で投げ方を変える。逃さぬように。くらえ。

そう、日本海軍の十八番。ロングレンジでも航跡をださぬ酸素魚雷、そして急降下爆撃も十八番。250キロ爆弾がある。ともにもちろん、当たらない。切り札・ヤマトの46センチ砲はどこだ?ああ、靴は一足だ。アキラは小学生のころから大の運動音痴だし。それに相手の敏捷さは、山の沢水のようにすばしこい。

アキラは靴を拾い、思う。高校生の頃から、僕は一体いくつの靴やスリッパを猫に投げたことだろう。嫌いで嫌いで虫唾がはしる。お前の瞳孔はなぜ縦長なのだ? そんな動物は見たことがない。それにその気ままさ。何を考えている? 今度捕まえたら差し押さえて、まずは瞳孔を切開してやろう。まん丸に。犬のように。

西日が射す住宅地にクソ猫のシルエットが伸びる。雑草がさわさわと。

アキラはケイコに自慢する。「また、いじめてやったぜ。クソ猫」

サンマを焼きながらケイコは言う。「馬鹿ね、やめなさいよ」

セーラー服を脱ぎながらスミエは言う。「お馬鹿なトーチャンだこと」

コオロギの啼く夕べ。月は長い影を作る。物音。ピタリと鳴きやんだ。ああ、クソ猫め。コオロギも食べるのか。秋の風物詩なのに。

その夜、信じられないことが起きた。ブウウンと音がした。アキラを無数のドローンが襲うのだった。四方八方から迫りくるドローン、丸い視界はドローンで埋まりそうだ。自爆ドローンか。ああ、年貢の納め時。

そして気づく。ドローンが生きている。縦長の光線を、レーザー光線のように発している。ピンポイントで、来る。なんと、ドローンの下には猫がぶら下がっている。光線は縦長の瞳孔から。そして彼らは小さなスティックをいじり確実に目標へ。

ねこドローン!

被弾直前に猫はドローンから発射され、アキラに襲い掛かる。次々と襲い掛かる猫の急降下特攻隊。

くそう、あの鋭い爪が。尖った歯が。痛い痛い。怖い怖い。引っ掻かれる前から大声。

無数の猫たちは、しかし意外にも着弾と共にアキラをペロペロと舐める。舐めてくれるのはマルだけでよい。お前ら汚いよ、猫菌がうつる。

マル、助けて。と、しがみつく。しかし、なんだかいつもと違う。抱きついたマルの黒い皮がぬるりと剥がれ。あの彼の丸いお目々もポロリと落ちる。ええ!プラスチックだったの?君のお目め。

「うざいニヤー」とマルは言う。うるさいワンのはずだ!

アキラは慌てて顔を洗いに行く。悪い夢さ。

早起きのケイコはもう起きて、顔を洗っていた。メザシを焼く匂いがする。今日もメザシか。嫌いではないけれど、飽きた。するとケイコは振り向く。え!

「トーチャン、邪魔。歯を磨くから」

ああ、スミエまで。

二人ともフードを被っている。ファスナーを下ろしてパーカーか。その下は!

キラリと縦長の瞳孔が光った。見れば、乳液をつけるケイコの手も、歯ブラシを握るスミエの手も、鋭い爪。なんだこりゃ。

振り返るとマルは爪を壁で研いでいる。ああ、綺麗にしていた家なのに。

「アナタ、今ごろ知ったのかニャ。私たちはただフリをしていただけにゃ。でもあまりにいじめるから。魚雷に急降下爆撃など、ひどい。もう耐えられないニャ。」

ううう、ごめん。

玄関の犬の置物。スヌーピーがいつの間にかフェリックス・キャットに。ええ、パグのタペストリは、三毛猫のタペストリーに。

猫の家にアキラは棲んでいる。いつか家中は猫だらけ。先ほど酸素魚雷を放った相手も、これまで攻撃してきた彼らもいる。

我に救いを!

悔い改めなさい。

書棚の新訳聖書を開く。マタイ福音書のページにしおり。ええ!これもまた、猫のイラストのしおり!!

どうしたらいいのだろう。

足の速い人

土手の道。もう五十年も知った川。そして三年前までの僕のサイクリング道。

高原の我が家に向かう乗換駅へと僕は急ぐ。都会の電車は何が起きるかわからぬから。時に止まってしまうし。

一本でも早い電車に乗りたいところ。

スタスタと音がしたと思えば、若い女性が僕を追い抜くのだった。パンプスでもスニーカーでもないけれどローヒール。

ああ畜生。僕はウォーキングシューズなのに。

あれは妙高山の登山道だった。僕は関温泉からの道も取らずに、正攻法の真っ向勝負。表の赤倉ルート。やはり妙高山はがっぷり四つといきたいから。

途中で足音を感じた。ショスタコーヴィチの、交響曲第五番「レニングラード」で描かれた、あの、ドイツ軍の進軍のように思えた。ぐんぐんと迫りくる。

足跡の主は女性。僕よりも年上。

負けてなるものか。僕は足を早めた。ハアハアと荒い息。

彼女は僕をふわりと音もなく追い越し、火山ガスのなかに消えていく。ああ、ドイツ機甲師団は全くすごいものだ。レニングラードも直ぐに陥落だな。

鎖場があった。表ルートの難所。一枚岩。長い鎖を頼りに三点確保。若い女性の二人連れはここで進みあぐねていた。そうかもしれない。あの機甲師団の戦車はとうに突破したか。

そこから山頂までは遠くはない。山頂では彼女が戦車のハッチを開けていた。聞けば今日は黒沢池ヒュッテか。明日は火打、明後日は高妻山…そりゃすごい。電撃戦もわかる。東部戦線異状なし。マイバッハの十二気筒エンジンだからな。

来た道を戻ろうとして十分。動けなくなった。足がつった。頑張ったツケ。芍薬甘草湯を流し込んで、少し気を落ち着ける。

僕には僕のペースがある。無理は何処かで歪が出るもの。

ローヒールの彼女は豆粒に。駅を目指す帰宅者の波に消えてしまった。

妙高山、土手、追いつけぬ。

しかしどうやら僕も。高原への乗り換え列車には間に合うだろう。

懸命もいいけれど

ゴーグル越しに見えるのだった。隣のレーンの方の足の動き。なるほど、これはカエルの足だ。キックしているようにも見える。水泡がぶくぶく。

僕はあんな風には動かせない。一応、それもどき。手も同様に。足と手の動作が連動するべきなのかもわからない。水泡は、わからない。

ブクブクと、能う限りの息を肺から絞り出す。ゴボゴボ。そしてガバッと顔をあげる。ハァっと可能な限り息を吸って、また繰り返す。

壁。プールの壁。それが見えると焦る。何とか、泳ぎ切るのだ。手足は疲れてしまう。最後はバタ足でいいや。

壁を掴んで足を着く。

ああ、ああ。息が荒い。25メートル。泳いだな。

これが僕の平泳ぎ。なにせ60歳まで泳げなかったのだから。少しでも健康でありたいと思って始めた水泳。もしかしたら水着の上にだらりと乗った腹も、いつかは少しばかり小さくならぬかと。

戻りは背泳ぎ。唯一、子供のころから泳げた泳ぎ方。

こんな往復を繰り返すのだが、往路の平泳ぎは二回まで。三回目は息が続かず、足もつりそうになる。プールの途中で立ってしまう。お隣さんは延々と、休まずに。いつか四回、泳げぬものか。

三度目のトライだった。余り向きにならずにやってみようか。それに、ゴーグルからプールの中を見ることはやめてみよう。隣の人はうまい。泳げばプールの壁はいつか到着する。僕が息が辛くなるのは、隣の人というよりもゴールが見えるからだった。終点を前にすると、どうにも焦ってジタバタしてしまう。

僕は思い立って、目をつむって泳ぐようにした。全ての動作を緩く。なんだか意外に楽なのだった。

見ないとは言っても所詮人間。チラリとゴールが見える。しかし、見ないことにしておく。

手を伸ばすと、壁だった。つまり僕は三本目の平泳ぎを泳ぎ切った。小さな快挙だった。何よりも、力まずに淡々と手足を動かしたのが良かったのかもしれない。

あの頃、多分僕は懸命だった。狭いエコノミー席に座り12時間。シカゴだったし、フランクフルトでもあっただろう。飛行機の中で目を通そうと思った書類も、眠くて結局カバンから出すことも無かった。ホテルに着いたら……。しかし商談が上手くいった覚えはなかった。ホテルに着いて、モデムにノートPCを立ち上げて。メールは来ていない。明日の資料はスライドに。見直してみる。まだ、ウィンドウズがそこまで賢くもなく、世界がネットでつながる前の話。

今、僕はどうだろう。還暦を過ぎて得た仕事。真面目に取り組んではいる。ノートPCを相手に唸る事もある。しかし、どこかでこんな風に思っている。

いつ辞めても構わないな。やってもやらなくても、いいな。でも、やった方が楽しいに決まっている。明日は、アレ、片付けようと、少し楽しみでもあるし。

もしかしたらこれは、全てに通じるかもしれぬ。プールが最たる例だろうか。力を抜いて泳ぐと意外にスルスルと。なにせタイムもヘチマのないのだから。

懸命もいいけれどね……。

庭の樹々。夏の風に思いきり揺れる。なんだか、あれでいいな。

黄色い付箋

僕は知り合いとなった作家さんに二冊の本を渡したのだった。一冊は出版社から世に出たばかりのもの。もう一冊は校正もしないままとりあえず本の形にしたもの。読んでいただきたいな、と。

磯の香りのする街。松林が見えそうな路地に彼を訪問した。魚の美味い港町だった。

幾冊もの彼の著作を僕は車に乗せてきた。そのすべてにサインをしていただいたのだった。ラインや電話では話していたが。初対面の作家さん、そして、サイクリストさん。どちらも。初めてという気もしないのは彼の文章を幾冊も読んでいたからだろう。

僕は自転車、それも速く走る事に最適化された炭素繊維の自転車ではなく、クロムモリブデン鋼の、トップチューブが地面と水平になっている自転車が好きだ。スローな旅の友だから。見ているだけでうっとりする。相手はただの鉄の塊なのに。

僕はなぜ、納期二年の工房にフレームを頼んだのだろうか?

すべて彼のおかげ。彼の本に出会う前から僕は自転車旅をしていたが、その書物はある種の方向性を決めてくれた。道しるべ。

自転車旅の入門書、そして旅のエッセイ。さらには自転車がまるで時間と空間を縫い合わすような重要な役割をする小説集。

工房、あのトーエイ社から届いた緑色のフレーム。お世話になっていた自転車店のご主人に組んでもらった。

それはランドナーと呼ばれる旅の為の自転車。変速はダウンチューブに手を伸ばす必要がある。泥よけは旅の途中の不意の雨からサイクリストを守る。皮のサドルは使いこなすと尻のカタチにフィットする。そんな彼にまたがり僕は幾つもの小さな旅をした。

すべての旅の軌跡を一筆書きにつなげよう、それは僕のテーマとなった。北は福島、西は長野まで。僕の軌跡は、クランクの動きと共に長い糸となり、切れずに一本につながっている。蛇行しながら。人力のSLが走る様に。書に記された彼の旅はもっと規模が大きい。そしてそれを記した風景は、時空を越えて手に届く。

そんな本を世に送り出した作家さんと知り合いになれるとも思わなかったが、SNSの時代だった。デジタルの海の中からアナログなつながりが生まれるのも面白い話だろう。

僕の住む高原に、自転車乗りの作家さんはキャンピング・カーに乗ってふらりとおいでになった。手には僕の渡したまだ校正前の、売り出し方も決めていない本があった。

沢山の黄色い付箋が付いていた。

読んで頂いたか。

「二冊とも読んでいて心地よいですね」

そう言って頂いた。小さな温かい波が僕の心の防波堤に届く。

自分の部屋で沢山の自転車の話と本の話。そして、それでは、と彼は一冊を広げ、付箋の箇所に進む。

作家さんは校正をしてくれていたのだった。僕は句読点のつけ方が下手だ。また、場面転換に使う記号や心の余韻を示す記号の使い方も。ルールが無い。だからその場限り。

それらの一つ一つを、まるで整備士が飛行機の内部を懐中電灯で照らしながら、ヘキサゴンレンチで増し締めするかのように、見てゆく。
すべてが終わって少し、いやとても疲れた。けれど彼は丁寧に事を進めてくださった。作家さんの目線は、何も漏らさない。

珈琲でも、とカフェを併設した小さな森の書店に。

店主が実際に読んで納得した本しか置かない、というこだわりの小さな書店。静かなジャズやボサノバの中、淹れたての珈琲。半月前に入荷した僕の本は、一冊も売れていないようだった。

まあそれも、あり。

次もまた売れないかな。しかし今回は作家さんに校正をして頂いた。

この本、読んでみてください。推敲はまだですが。僕は書店の主に手渡す。白紙の背表紙の本。いつかそこに書の題名が印刷され、この店の書棚に並ぶ日を思い。

今度は、サイクリング、いや、ポタリングですね。僕の街は、富士山の見えるたくさんのよいルートがありますよ。そう三歳年上の作家さんは笑う。

いきますよ、トーエイを載せて。

彼はトーエイか、ロイヤルノートンか、ケルビムか。

キャンピング・カーは杜の中に消えていく。

君さりし後

喧嘩だったか、行き違いだったか。浮気ばかりするダーリンに愛想を尽かせたか。彼女は星に帰ってしまった。確か、「さよならダッチャ」も言わずに。

プールにいた妖怪は、ダーリンと異星人の彼女の乗った、去りゆく屋形船を見て、涙する。

ぽっかりとした心の空白。去っていく時間への哀悼。二つの話はまさに、自分には名作。精神世界をつくってくれたから。毎週水曜日。「少年サンデー」が楽しみだった日々。

僕は少し、抜け殻。一日は二十四時間。それは不変。モーターは電池が尽きぬかぎり、水晶発振子に従い針を動かす。カチ・カチっと。その速さは変わらない。つまり、時間は正確に同じ。

しかし、この数日、僕はなんだか中身が無い。ああ、僕の心は一体何処に行ったのだろう。ぽかりと空白が出来た。

心とは物理的にどこにあるのだろうか。心臓か。脳か。心臓はただのエンジンとするなら、やはり脳か。頭蓋骨はあるのに、脳味噌がきえたか。あるいはアミノ酸が絶えたか。

それは僕の頭蓋骨が開かれて、脳腫瘍を切除され、蓋をされたから、ではないだろう。もっと、奥深いもの。例えば、原子炉の火がきえてしまったような。

たとえるならば、夏祭りの後かもしれない。山車も去り、太鼓とお囃子も消え、人々も散った。残ったものは、空虚。

僕は充分におびえていた。今の自分に、この年齢で、登れるだろうかと。そのために、かなり入念に体をいじめた。何度かの足慣らし。登り坂の散歩。しかし不安は消えなかった。

あるいは、半年前ならば、僕は音源を聞きながら幾度も弾いた。指は動く。展開を間違える。最後は音源なしで、頭の中で浮かぶ展開をなぞりながら、弾いてみる。どうだろうか。

僕の、あの山への憧れは、高校生の修学旅行以来だから、もう四十五年も昔の話。ここ五年ほど、ずっと温めていた計画。縦走などという大それた計画は放棄して、往復にルート変更。地形図を読み、登山道を想像する。この等高線の密な場所は、岩場か。いや、ゴロタか。不安。神経質なほどに。

ステージは年に一度か二度。仲間は複数のバンドをこなしているが、僕はそうではない。だからステージの前は何時も緊張する。神経質なほどに。

僕は山頂を踏んだ。三千メートルに僅かに届かぬ山。五十年近くの夢を果たした。山頂の薬師如来様が優しく微笑み、茫洋とした日本海が、ただ在った。稜線のワタスゲもチングルマも、風にただ揺れる。もう夏も、去っていく。

最後の曲も終えた。難しいフレーズが続く四回の四小節を乗り切った。ステージライトは消えた。そしてアンペッグの電源を落とした。ベースアンプは黙る。拍手の中を。

山頂を踏む。ライブを終える。僕の生活の一部。しかしそれは、そうそう、来るわけでもない。入念な準備をして挑んだ。そのような大切な時間が終わり、残るものは何だろう。

ダーリンはようやく気づく。彼女への想いを。トラ柄のビキニとショーツ、ツノの生えた彼女……。彼女たちが乗った屋形船を見送り、線香花火がポトリ。妖怪はひとり夏の終わりに、涙する。

僕は、もう手放してしまったあのコミックを買おうかと思う。あれは第三巻だったはず。五十年ぶりの再会だろうか。

ライブはとうに終わった。そしてあの北アルプスの薬師岳は、再び記憶の山となり遠く残る。憧れは現実となったけれど、それも消えていく。

しかし来週は、次回のライブに向けての選曲打ち合わせ。そして、僕は夏を見送り、秋を探しにこんどは北八ヶ岳に挑む。

君さりし後。

父と娘

「写真、よろしければお撮りしますよ」

僕は彼にコンパクトデジタルカメラを渡す。本当はデジタル一眼を持ってきたかった。しかし、この山の大きさを前にして、諦めた。重荷は避けたい。

脇を締めて彼は撮る。ああ、この世代ならカメラは撮れるな。北アルプスの標識の前で、縦と横。

「写真を撮りますよ」という言葉には、真の意味があると思う。

お撮りしますから、その代わりに撮ってくださいね、と。「善意の代償、本意の実現」。僕もそのとおりだからよく分かる。

今度は僕がカメラを手にする。男性は幾つだろう。女性は多分、二十代の盛りほどか。

スマホを手にして僕は思う。この二人の関係は、なんだろう。しかし、その問いはすぐに氷解した。

目元から顔の作りが、同じだった。

珍しい。今となってはお目にかかれない。男性はチェック柄のシャツを着ていた。コットンではない。クールメリノだろう。そう決まっている。「山シャツ」だから。僕の山シャツは引き出しの中だけど。

山歴はなかなかのように見えた。百名山達成もあと僅か、らしい。

「失礼ですが、親子さんですよね」

「そうです。一緒に来ました」

「オトウサンとよく来るのですね」

「よちよち歩きの頃から、父には山に連れて行ってもらったのです」

そう、清潔で清楚な彼女は言うのだった。

なんとも素敵な話。ここまでの登りは決して楽ではない。標高差は千メートル。それは北アルプスにしては凡庸かもしれない。しかし、長い。

信頼し合える相手でないと、山は登れない。よく似た顔の二人の間には、目に見えない太いロープがあるように思えた。ロープ? いや、ザイルのように堅牢なものではなく、強いて言えば「へその緒」のようにフレキシブルで、そこを何かが往来する。心の「伝令管」のようなもの。

それは親子の血。

夕食の後、談話室で僕らは話した。山の話。親子の話。オトウサンはペットボトルに入れたウイスキーを勧めてくれた。僕はチタンの山カップで頂く。ストレートがよい。彼は僕の一歳年上だった。

娘さんの左手の薬指には、カジュアルリング。それを温かい目で見るオトウサン。ああ、そういうことか。

分かるな。結婚前に、僕も彼女にそこにリングをしてくださいと頼んだから。

カジュアルからシルバーのリングに。しかし、今の僕には径が大きくなり、彼女にはきつくなり、二人とも外してしまったけれど。

僕の娘は、彼彼女ほどではないけれど、やはり子供の頃から山には連れ出した。社会人になってからも、僕は娘と二人で山に登り、スキーに出かけた。出会う人に、こちらから話す。

「親子登山も楽ではないですよ。すぐに疲れたと言うから。なだめてすかして」

そう、誰も聞かぬのに種明かし。恥ずかしいから。でも少し、そう言うのも嬉しかったり。

オトウサンはどうやらウイスキーの飲み過ぎ。娘さんもまたカップの芋焼酎をグビグビ。「ああ、美味しい」と。

大酒飲みも似たようですね、と僕は思う。

僕の娘か。

二人の息子を産んだ彼女。僕の机の上には二枚の写真。病院のガウンを着て、生まれたての赤子を抱いて。安堵に包まれた一枚目。安定感のある二枚目。

彼女と二人で山を歩くことは、もう多分ない。次あるとすれば、この二人の息子と。お母さんも来るかな。

ならばこう言おう。君たちのママは僕とよく山に登ったよ、と。

翌朝、小屋の前で僕たちは挨拶を交わした。

「おい、靴紐、しめたか?あの解けない縛り方だ。」

「お父さん、忘れ物ない?」

「え? えーと」

軽く会釈をして、二人は朝の冷たい空気を破るように木道を歩き出した。どこまで続くのだろう、この道は。大きな山がいくつも重なる。三泊の山歩き、そう言われていたな。果てまで行くのだな。

彼らは豆粒になる。いずれ、風景に溶けて消える。

僕は靴ひもを強めに締める。左膝のサポーターと一本の伸縮ポール。

下山ルートだった。

娘と孫。さあて。僕だって。

尾根から谷筋に道は変わり、山も見えなくなった。…何処かに消えた。

いい日旅立ち

バスは弥陀ヶ原の高原をゆっくり登る。広い眺め。Uターンのたびに目を向けるけれど、トランプをしている人もいたことだろう。やった! あがり、と。

道は冬には雪に埋まる。四月末に開通するが、その際、道路は十メートルを超える雪の壁になる。雪の回廊、そんな説明だった。もちろん季節は秋であり、その恐れもない。ただ、そのバスを何処の駅で乗ったかは覚えていない。なにせ八台は連なったはずだった。

みなさん、右手を見てください。あそこはアリミネというのですよ。大きな湖で、放流して発電してくれます。ここの平野の電気を作ってくれています。そして私たちの水ガメです。あの大きな山は見えますか? 素敵ですね。私たちは女王と呼んでいるのです。

そうして彼女は帽子をかぶり直して、白い手袋を少し直してマイクを握り直すのだった。「♪いい日、旅立ち、夕焼けを探しに……」。僕は憧れた。彼女の歌声に? 夕焼けを探す? いい日? 旅立ち? あの遥かな山。ア・リ・ミ・ネ。

**

台風が近づいてくることは知っていた。むしろその動向を何度も予測したのだった。少し足が速い。僕たちは足を速めたい。しかし木の根っこや深いギャップ、そして重なるゴロタが大きな関門。つるつるに禿げた樹の根に足を載せて、ヨイショと踏ん張る。ふう、と息を吐く。倒れ掛かるような緑。それはブナの森。こまったものだ。いつまで続く?

そしてコメツガの森となった。まだ続く登り。ここで、とうとう出会ってしまった。もう少し、ゆっくり来ればいいのに。細かい雨が舞う。雨なのか霧の粒なのかは定かでない。僕たちはレインウェアを羽織った。暑くて体力を消耗するはずだけれど。

傾斜は緩み、木道となった。稜線。ダケカンバがシルエットのようにボオッと浮かぶ。もう雨なのか雲なのか判別しない。ただ、細かい雨粒が舞い、グレーのレインウェアにつぶてが流れるのだった。

還暦の歳に僕は高原に移住した。三十年来の山仲間と、十年前に山を始めたという東北に住む学生時代の友。そんな三人組の平均年齢は幾つだろう? まぁ六十五歳。そんな前期高齢者どもを深い霧と風が包む。三人とも、しかし、ただ歩く。レインハットが、二つの白髪頭と一つの禿げ頭を包む。

僕は少し心配だった。五年前に脳腫瘍を取り除き、抗ガン剤の日々。開頭手術から僕は変わってしまった。一日中痺れる頭部。消えぬ浮遊感。多分、神経細胞一式が癌細胞とともに膿盆に消えたか。それでも僕は登り、歩く。

霧の中から建物の影、発動機の音。

山小屋。

靴ひもを解く指がかじかむ。雨具を乾燥室に干して、乾いた下着に着替える。蘇る生気。お疲れ様。そう、缶ビールを開ける。

小屋の夕飯が美味しいのだった。今度はジョッキで。僕たちはご飯を山盛りにして、お替りをした。トンカツ。そして高野豆腐と戻した乾燥シイタケ。溢れる出汁。三杯目を食べようとしたが、ジョッキが効いて、打ち止めとした。あとは談話室でウィスキー。

**

朝五時。僕たちは目覚める。重い布団と毛布を剝いで食堂へ。イワシと玉子焼き。再び山盛り。そして二杯目のご飯。何故こんなに美味しいのか。僕たちはひたすら食べた。お櫃を目の敵のように。

今日の山頂のために。テレビの天気予報。台風は夜間に抜けていた。しかし尾曳きの渦巻きがこの山にかかっている。

行けるね。

テント場にはクマよけの電気柵。いかにもこの数年らしい。ゴロタの登りが続くが、一時間でアオモリトドマツの森を抜けてハイマツ帯となった。森林限界を越えた。

風が風景を揺らす。たった一枚のゴアテックスが僕を守る。雨粒は舞い、風が僕をなぎ倒そうとする。ただ歩く。ガスは薄い。先行する友が稜線の高みにと小さくなる。三十年ともに歩いて、僕よりも八年年上なのに、僕はとうとう彼の足には追いつけない。僕は三十年間、彼の背中を見ていた。

僕は振り返る。学生時代からの友。なぁ、この登りは辛いな。お前の好きだったあの子はなんていう名前だったかな? あの中華料理店でのバイトの子だろう。

ケイチャンだよ。ケイコさん……。

そうか。

告白する前に、確か断られたんだろう。

ああ、そんなことも。

僕はそう彼に話しかける。苦しい登りを忘れるために。か。

風にあおられながらサブザックを開ける。大福餅。そして今回はサプリをも。水で流し込む。少し膨らむ胃の腑。そして動く足。ありがとう。

少しの岩場を抜けると、そこに祠があった。中には薬師様が祀られていた。海抜2926メートル。三千メートル峰と言っても差し支えないだろう。

このピークこそがあのバスガイドさんが指さしてくれた峰だった。確か彼女は、女王と呼んでいた。たしかに三千メートルには避けられぬ厳しい岩稜帯は無かった。大きくて美しい。僕には女王というよりも、なんだか慈父にも思える。ただ大きいから。

薬師様にご浄財。ぽちゃんと十円玉。

僕は祈る。あれから五十年近く、ようやく来ました。ありがとう。そして、家族を守ってください。僕は、いいから。

風もやんだ。台風の渦の末端の尾も、どこかに消えた。眼下に広がる富山湾が、無限だった。

**

明日は山を降りるだけなのに、大盛ご飯をまた二杯。体の求めるままに。ハンバーグを箸で切り、ワシワシと飯を食う。ジョッキはすぐに空になった。三杯目はさすがに辞めた。本当はご飯に醤油を少し垂らして食べたかった。しかし便意。そしてすぐにトイレへ。果たしてこの山を歩いて、なんど「大きな便り」を便槽に落としたことだろう、苦吟もせずに。空き箱に拭いた紙を捨てる。何度捨てたか。

稜線は嘘のように晴れた。台風の去った山は輝いていた。池塘が点在し、盛りを過ぎてしまったチングルマとワタスゲが揺れていた。晩夏だと思った。

ワシワシと飯を食べるのだ。そしてモリモリと出す。この年齢は、こうも言われる。「アクティブ・シニア」。ここは飛騨の国。下山したら飛騨牛を。僕は食べる。ワシワシと米をかきこむのだ。負けるものか。

みなさん、右手を見てください。あそこはアリミネというのですよ。……あれは修学旅行。とうとう立ったな。あの山頂に。

「好い日、旅立ち……」