日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

僕のセーター・福之記8

生まれた時から服なんか着たことは無かったよ。生まれたての記憶はないけどママが僕をたくさん舐めてくれたよ。それで目が覚めたのかもしれないんだ。

ボクは生まれてからすぐにママと離れてしまって、何故だろう、檻の中にずっといたんだ。時々お爺さんがやってきて「食べろ」と言ってボウルに無造作にカラカラと茶色い物を入れたよ。余り美味しくはないけどとりあえずお腹は一杯になるという訳さ。

一体どのくらいの間に檻の中にいたのかな。ママは何処に行ったのかな。時々外に出されると、そこにはボクと同じような顔をしたお友達がいくつも居たんだ。なんだかお尻から良い匂いがしてね、ボクは思わずお友達の尻尾の上にのしかかってしまったよ。すると何か熱い物がお腹を通り過ぎたんだ。そしてこんどはお尻を合わす感じで互い違いになったよ。なんだか疲れた。するとお爺さんは「よし、離れろ」と言って頭をなでてくれたんだ。

二、三度そんな事があったかな。ある日ボクは突然織の中から出されてクルマに載せられて遠い所に来たよ。あのお爺さんはもうブリーダーという仕事を止めるから今度はこの人がお母さんなんだって。沢山いた仲間もみんな貰われていったよ。新しいお母さんの家には沢山のお友達が居たよ。みんな少しだけ寂しそうだった。飼い主さんが病気でいなくなった友、もう要らないと言われた友、ボクのように何処かの施設から来た友。それぞれだったな。お母さんはいつも笑顔でご飯をくれたよ。ボランティア預かりさん、って呼ばれていたなぁ。ボクは嬉しかった。暖かい場所だったから。

冬ばれの日にとある街の広場に僕たちは連れ出されたよ。するとそこに沢山の人が僕らを見に来るんだよ。入れ代わり立ち代わり僕を触るんだ。あるオジサンとオバサンが来て言っているよ。「ああこの子はゴンにそっくりだね。可愛い。」禿げ頭の気難しそうなオジサンにいつも笑っているけどそそっかしそうなオバサンだった。どうも気に入られたようだよ。

少し経ってお母さんは僕をクルマに載せてとある家に来たのさ。するとそこではあのオジサンとオバサンが待っていたよ。「よく来たねぇ」だってさ。そこからお母さんは「いい子にしてね」といっていなくなっちゃった。寂しかったな。新しいおうちは少し僕と同じ匂いが残っていたな。机の上に写真が飾ってあって、そこには「ゴン、享年十二歳」と書かれていた。ああ、誰かここに居たんだな、と思ったよ。新しいオジサンとオバサンはそれぞれ「ほら、今日からパパだよ、こちらはママね」と言うんだけど、いきなり言われてもね・・。

「フクが家に来てもうひと月なのね。随分馴れたしトイレも外で出来るしいい子ね」
「いや、買い物に行くたびに吠えまくって家中壊されるからたまらんよ」
「少しづつ、時間をかけて変わっていくはずよ」

なんて言っているよ。ボクはフクという名前らしいな。もうこれ以上一人で置いてきぼいりにされたくないんだよ。だから吠えるんだ。そんなことも分からないのかな・・。

新しい家は暖かかくて住みやすいな。特にママが優しくて好きだな。暖かいのは家もそうだけどママが服を作ってくれるからなんだ。ママは暇があれば座って棒を二本つかって僕の服を編んでくれるんだよ。棚には前のゴンという犬にママが編んだ服が幾つもあるけど少しサイズが大きいんだ。僕はやせっぽちだからね。ママが僕にぴったりのサイズの服を編んでくれたよ。暖かいな。もう一つも編んでいる途中なんだって。これも楽しみだな。暖かいだろうね。

僕の為のお服はセーターというらしいよ。それを着て、楽しくて嬉しいよ。生まれてすぐにママと別れてから良い事なんて一つもなかったの。でもボランティア預かりさんのお母さんの家に行けてよかった。そうして今ここにいるからね。僕はここでずっと暮らせるんだね。

* * *

「ちょっと聞いてよ。フクがなんだかブツブツ寝言言っているよ。」
「ワンコが寝言なんで言わないでしょう。あら・・でも確かに聞こえるわね。何を言っているのかしら。ブリーダーに居た時の事でも思い出したのかな」
「かもな。保護犬だからな。色々な過去があったんだね」
「それにしてもそのセーターは似合っているでしょ・・・もう大丈夫。」

・・・聞こえたかな。ボクには少しだけ魔法をかける事が出来るのさ。わざと呟きが聞えるようにしたんだよ。家に迎い入れてもらった以上はその家族を幸せにするんだよ。だから隣でボクはセーターを着て丸くなって寝てあげるのさ。暖かいからね・・。

先住犬より少し小柄の彼の為に妻は編み物。僕のセーターを着て彼は丸くなってしまう。するとどれが彼でどれがセーターなのか分からなくなってしまう。