日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

容量は変えられない

机の中を整理していたら妻の作った革細工が出てきた。キーホルダー。表面裏面になる薄い皮を丸く切りキーホルダー用の平二重リングを挟んでから周囲を革ひもで縫ったものだった。表面には自分の好きなロックバンドのロゴを彼女は刻印していた。

結成60年を超えるその英国のグループがどんな音楽を残してきたか、ロックにどんな歴史を残してきたかには凡そ興味のなさそうな若い世代もこのロゴのTシャツを着るだろう。ストーンズ(ローリングストーンズ)のこの有名なベロマークはファッションアイコン化している。自分も高校の頃からノートの端に暇さえあればこのロゴを書いていた。自分はその時代に遭った彼らの音楽とともに成人し老境に至った。今でも彼らの粘り気のあるビートは自分を妖しく魅了する。

彼女の作ったキーホルダー。ベロマークの裏面はご丁寧に自分のイニシャルが刻まれていた。この世に一つだけの全く嬉しいものだ。しばらくカバンにつけていたが紛失を恐れていつかカバンから外したのだ。

- いつ作ったんだっけ、これ?
- 懐かしいなぁ。子供たちが幼稚園の頃よ。娘達のも、作ったのよ。

25から20年前の話か。育児の時間は直ぐに終わりそれぞれが小学校に幼稚園にと進んだ。すこしだけ妻にも時間が取れたのだろう。もともとパッチワーク、編み物、洋裁などが好きで娘たちの服は自分で作っていた。しかし当時に革細工までやっていたとは。娘たちにはどんな革細工を作ったのだろう。

妻はフランスに居たころはフランス刺繍を学びそれを額装にカルト・ナージュにしていた。幾つかのキットを手土産にして帰国したが、帰国後は未開封だった。しかし娘に結婚の新居に飾りたいと言われ日がな刺繍を作っていた。目を一つ間違えるとやり直しだ。それは見事に仕上がったが妻は眼をしょぼしょぼさせていた。

- パッチワークとかさクラフトワークやってフリマやサイトで売るのはどう?あなたの品なら売れるよ。

旦那と言う立場をさておいてそう何度も言った。実際道の駅などで売れるレベルだと思う。しかし彼女は嫌がった。刺繍は特に目が疲れるという。色々言うのは妻にも楽しむ事があれば良いなと思ったからだった。確かに刺繍は辛いだろうが少しばかり楽な目に楽な手作業は。もう少し楽なものはないか。彼女の好奇心を何かの形にしたらどうか、と思うのだった。自分は放っておいても好きに出かけてしまう。自分だけやりたい放題で彼女に留守を任すだけでは悪いと思っていた。

自分はと言えば、山歩き・バックカントリースキー、サイクリング・音楽活動・アマチュア無線、沢山手を広げたものだった。そしてやりたいことはまだ沢山ある。自分の趣味はどれも中途半端だった。広く浅くか、狭く深くか。自分は間違えなく前者だ。色々なこと興味を持ってしまう。広く深くやるのは自分の容量を超えてしまう。タテ・ヨコ・タカサをかけた立方体。それは好奇心と実践力の容器。その容量は変わらないのだと思う。現に自分もその全てに熱中しているわけでもない。何かを押せば何かがはみ出る。はみ出たものはまたいつか戻る。すると代わりに何かが出ていく。無理に容量を膨らませるならばパンクするだろう。

今妻は愛犬の服を編んでいる。ゆっくりやって楽しそうだ。多少目も粗めにして目が疲れないようにと手探りの様だった。フリーマーケットなど考えずに好きなように沢山編んでほしいと思う。次は革細工だろうか。いやそれは彼女が決める事だ。目の疲れと付き合うながら好奇心の器はいずれ満たされるだろう。

好奇心と実践力の器は大切にしたい。その容量は変えられない。いや、体調や加齢により小さくなるかもしれない。しかしその中身は随時入れ替え可能だ。外されたものもはなくなるわけではなくトランクルームに退避させるだけだ。

保革油を塗りこんで光を取り戻した革細工のベロマーク。それは家内の「好奇心の箱」の象徴に思える。普段一番愛用するモノに付けよう。何が良いだろう。

河を丸くきって折りたたみ周りを縫う。ローリングストーンズのマークを刻印する。色を塗る。全く何と凝ったことを奥様はやっていたのだろう。この手の事が好きなんだよな、と改めて話してみる。僕は保革油をたっぷり塗っておいた。さて、何時の日か再開だろうか。