日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

旅の風景・あやとり

都会の大きな駅から東海道を西に向かう中距離列車に乗った。こちらは自転車旅への途中。輪行袋に入れたランドナーを先頭車両の後部スペースに固定して、やれやれと席につく。週末の朝の電車は空いていた。

隣の席にはやや天然パーマの眼鏡の男の子が座っていた。チェック柄の長ズボンに白い半袖シャツ。真新しい革の靴。体の線は細く、中学一年生だろうか。彼は毛糸で何度もあやとりを独りやっている。スマホやゲーム機でないことがなんだか嬉しい。

男の子は隣駅から乗ってきた女の子に軽く手を振って、席を立って二人で扉の前に並んだ。たまたま乗り合わせた風もなく、ごく自然だった。毎朝の出来事なのかもしれない。女の子は同学年だろう。少し大人びてはいたが、チェックのスカートはまだ板についていない感じだ。

男の子はすぐにあやとりを始める。女の子は大きな目を更に丸くしてその所作に見入っている。なるほどさっきから彼が練習していたあやとりの箒や橋は、このためだったのか。

今度は女の子の単行本をあやとりでくるんでは解く。あやとりの捕虫網か。彼女の本は見る間に網に捕まり、目を更に丸くすると彼はそれを解く。そのうちに毛糸が絡んでしまった。今度は女の子が鞄からペンを取り出して、絡まった玉に刺して、解いていた。彼は目を丸くしてその「ペンさばき」を見ていた。

嬉しくなった。とても素敵だ。

僕は好奇心を抑えられない。席を立つ。「あやとり上手いね。よく練習してるの?」 … 伏し目がちに彼は答える。「まあ、少し」

あやとりは上手いのに、知らない人と話すのは苦手なようだった。しかしこの年代の男の子の気持ちはよくわかる。自意識と外界への感性は、この頃から急激に芽生えて、日に日に鋭くなってくる。

少し大きな街の駅で二人は仲良く降りていった。有名な進学校のある街だった。

ああ、何という素敵な時間だろう。僕はもうあやとりも忘れてしまった。またやれば思い出すだろうか。子供の頃、姉とよくやったものだ。でもその姉も、若くして物故した。帰宅したら妻とやってみよう。多分いくつかはを思い出すだろう。姉も上手かったし、妻も確か上手かった。

彼らは今を大切に生きているのだろう。しかしそんな意識も今はなく、ただ毎日が楽しく、日に日に伸びていく自らの身長と増えていく知識が嬉しいのだろう。

乗り継ぎの駅につく。今日のサイクリングの予定・駿河の国を走るには、もう一本西へ向かう列車に乗り継がなくてはいけない。今日はいい旅になりそうだな。なにせ朝から嬉しい気分だから。

姉に手取り足取り?教わったものです。妻はやはりこの手の事は得意なようです。僕は、苦手。でもいくつか思い出すのでしょう。なにせ素晴らしい指さばきをじっくり拝見しましたから。