料理と言っても自分はきちんと習ったこともない。そもそも家庭料理は習うものかどうかも知らない。しかし結婚した頃に好奇心から地元の公民館の料理教室に通った。奥さんに少しでも自分の作ったものを食べてもらいたいという気持ちだろうか。30年以上昔の話だから記憶も薄い。包丁の持ち方が最初だった。そしてキンピラゴボウだろうか。ピーマンのソテーとジャコの和え物もあった。その後は会社勤めで自分は週末のお昼担当だった。ラーメンと焼きそば、パスタばかりだった。
山の友人がいる。ランドナーと言う今となっては少しマニアックなホリゾンタルフレームの鉄の自転車。サイクリング雑誌の編集子もやられていた友人はその道の自分の師匠でもある。ご夫婦そろって山ヤであるそんな友人夫妻はとある高原に住んでいる。都会から好きな山が見える地に移住されたのだった。友人宅には信州の山からの帰路に、そして今のランドナーを作る際のパーツ選定からジオメトリーの参考にと、何回もお邪魔している。
ある時は泊めて頂いたり、数時間立ち寄るだけだったりした。デッキから南アルプスを眺めながらそこで頂くイタリアンエスプレッソは最高で、また、長居した時に頂く食事も美味しかった。友人曰く「うちの家内の一番の趣味は料理なんです」という言葉はその通りだった。
奥様から学んだ料理は多かった。ご馳走になったもので出来そうなものを自分も帰宅後に作るのだった。奥様はその意味で料理の先生だった。チキンをカレー風にソテーしたものも、焼きこんだ野菜と肉を具に添えた豆乳つけ汁の蕎麦など。どれも美味しかった。すべて自分もトライしたが出来は今一つ。先生のワザなどそう簡単には真似出来るものではない。
今回は地元の山仲間と二人でお邪魔した。ご夫婦が数年前に行かれたヨーロッパの山、ツール・ド・モンブランの写真をスライドショーに仕立ててある、それを見ながら食事を頂いた。人気のロングトレイル、ツール・ド・モンブランは自分達も10年以上前に歩いておりその情報を参考にしながらご夫妻は歩かれた。その風景は自分達にも懐かしく、ああだこうだと言いながらの楽しい食卓だった。
ヨーロッパの山小屋は何処も素晴らしい料理だったね!ビストロのようだったね。そんな風に四人は合意する。実際フランスの山小屋もイタリアの山小屋も料理は実に美味しくワインが進むのだった。即座に自分は思った。今、目の前にある料理も、それに勝るとも劣らないと。
奥様、これは「高原のビストロ」ですね。看板を建てたらいかがでしょう。
シェフはご謙遜された。そんな必要もないのに。さて、帰宅してからは得意の「模倣」だ。玉ねぎソースのチキンのソテーは自分にはとても作れまい。ジャガイモとベーコンの焼き物、ジャーマンポテトをやってみた。ニンニクとピーマンを加えたのはアレンジだった。友人は「森の燻製屋さん」で仕事のお手伝いをされておりそこのベーコンはとびきり美味かった。吊るしの燻したブロックのバラ肉から切り分けるのだから当たり前だった。そんな良質なベーコンは手に入らない。薄っぺらなパック品だ。出来が悪いのを材料のせいにして初めから逃げを打ってしまった。模倣屋だから仕方ない。
これからご馳走になったもう一皿を作ろうと思う。先生、いやシェフの一品はダイコンとツナのサラダだった。材料は切ったのであとは和えるだけ、準備は万端だ。作りながら鼻歌交じりに缶ビールは飲んでしまった。妻が夜間のバートから戻るまで間が持たぬ。先に食べるわけにもいかぬ。先日ピザを作った際の残りのチーズのかけらを手に、チビチビとワインを飲んでいる。模倣のネタも切れてしまうので、再びレシピを頂きに高原に行かなくてはいけない。
…次回はもしかしたら「ビストロ1000m」という、ご自宅の位置する標高を店名にした「木の看板」。それに黒板にチョークで書いた「今日のメニュー」あたりが友人宅の玄関に立っているかもしれない。