僕はヘッデン。つい最近ショップの棚にぶら下がっていたら、ああこれだ、あったあった。と小太りのオジサンが手に取って喜んでいたよ。ヘッデンと言ってわかるかな?本当はヘッドランプと言うらしい。それでも山屋さんつまり登山者やハイカーの間では簡単に「ヘッデン」と呼ばれているよ。ゴムバンドに付けた電灯。頭に付けて夜間や明け方の行動に使うね。
どうやら我が家のオジサンはヘッデンマニアらしい。彼はそれをいくつも持っているんだよ。毎回使うザックの中から一つ、山道具箱をひっくりかえして二つ出てきた。他にもあと一、二個あったはずだけど、古くなって捨てたのだろうな。彼は嬉しそうに並べている。彼はもともとオフロード用オートバイで林道を走り山中でキャンプをするのが好きだったんだね。今はバイクはないけど当時のキャンプ道具は山道具箱にまだ残っているね。林道ツーリングから登山に趣味が変わってキャンプ用品もテントからストーブ、シュラフ、そしてヘツデン迄軽量化したものに変わった。そんな昔のヘッデン先輩たちだったよ。
ハコから出てきた古株の先輩ヘッデンは豆電球で照らすものなんだね。乾電池で豆電球を光らせる事は理科で実験したね。1.5Vの乾電池一本でも光るけど暗い。黄色いヘッデンは単三電池2本を直列にしているんだ。3Vかけると明るいけど豆電球のフィラメントは切れてしまうかもね。マメ球をソケットから外すと2.5Vと書いてあるよ。だから中に電圧降下の回路が入っているんだね。
テントの夜、テントの中や外で黄色い光がゆらりゆらーりと浮遊したらしい。それは豆電球の柔らかな光だったと彼は言っているね。薄暗くて夜の登山道など歩く気にはなれなかったらしいよ。次に彼が手にしたのがクリプトン球の商品だってさ。明るさが段違いだったらしいよ。電池は同じ3Vでも単三を二本ではなくリチウム電池CR123だったよ。「この電池は高いな」といつオジサンは文句を言っていたな。
僕らの世界でも技術革新があってとうとう発光ダイオードが使われ始めたらしい。LEDというやつだね。これは2.5から3.5V程度の電圧で点灯し消費電力が低いから長持ちする。おじさんは膝を打ったらしい。LEDランプか!とうとう山の世界にも!と。白色LED3連装のヘツデンが気に入ったようでオークションサイトで買って自慢げだったらしいよ。彼はそれを十年近く愛用していつもザックに入れていたね。泊りの山でなくても怪我や体調悪化でいつでもビバークできるようにと不意の夜間行動を想定している、と自慢していたね。ただテントや避難小屋での夜以外にそれが使われたのはただの一回だけ。新潟の越後駒ケ岳という山だったらしい。なんでも往復12時間近くかかるという山で、ひたひた迫る晩秋の夕闇の中、最後の30分間に使ったらしい。何時も大切そうにマメに電池も入れ替えていたけど、都度「高い電池だな」と言っていたらしい。ケチンボだね。
とうとうある山で下山中に大雨に遭い雨蓋のないアタックザックの一番上に入っていたその先輩はびしょぬれになってしまい点灯しなくなったそうだよ。それで僕を選んでくれたんだね。何よりも彼は単三電池1本で点灯することが気に入ったらしい。安いし経済的だと。でも少しだけ電気の知識があるらしいオジサンは首をひねっていたよ。「LEDは1.5Vでは点灯しない。昇圧コンバーターチップで3.5Vに持ち上げるのか。回路の信頼度はどんなもんだろう。あ。これは黄色LEDと白色LEDを載せてるな。黄色は駆動電圧が低いからそちらに切り替えて長持ちさせるのかな…」と。
まぁ使ってみなよ。貴方の知っている時代から随分変わったのだからさ。そう僕は口走った。するとオジサンに通じたのか?変な唄を歌って小躍りしているよ。
「♪ルンルンルン。とうとう買ったよ、明るい光。長持ちらしいね、山の夜。ルンルンルン。楽しみだな」
どうやらオジサンは山と音楽が好きな気楽な人らしいね。どれ、お役に立って進ぜよう。