ここの所すこしばかり断捨離で物を捨てる作業をしていたので妻も自分も疲れ気味だった。これからシャワーを浴びるのもなにか味気ない。すこし芯から休めないか、そう話して今日は銭湯の日にした。
行きつけの銭湯は数カ所あり、基本的にはそれをぐるぐる回っている。今日は最も小さくて家庭的な湯を選んだ。番台は時間替わりで男性から女性に入れ替わる。自分達よりは十歳は年上だろう。たいてい女性の番台さんにあたる。
彼女は犬好きで風呂から出て家内を待つ間、僕はいつも彼女と立ち話をしている。なぜ犬好きと知ったかと言えば、我が家の犬が車の中で吠えている事をいつも気にかけくれているからだった。
「ほら、ワンちゃん吠えているわよ。中に連れておいでよ、構わないのよ」
そう彼女は何度も言うのだった。しかし日本は決してペットに寛容な社会ではない。彼女は続ける。「うちの犬も留守番が出来ないのよ。この時間帯はさっき番台を上がった旦那が面倒見ているから安心なのよ」と。
今日もそう言われたが、こちらとしては彼に吠えても無駄であることを悟ってもらい、必ず帰ることを覚えてほしいのだ。我慢の訓練だから遠慮します、と話した。
風呂から上がるとすぐに彼の吠え声が聞こえた。車に戻ると彼はガラス窓の向こうに棒立ちでこちらを見ている。ドアを開けて頭をなでていると、ガラス戸が開いて番台の彼女が笑いながらやってきた。お店はいいのか、と思ったが彼女は我が家の駄犬を抱いてひどく嬉しそうだった。
人見知りしないでかわいこちゃんね、と話は続きそうだったが新しいお客が見え彼女は入湯料を貰いに我が家の犬を抱いたまま番台に戻った。ようやく家内が犬を抱いて戻ってきた。
彼は言いたかったのだろう。置いとかないでよ、僕だって風呂に入りたいと。今日の所はさ、番台さんも相手にしてくれたのだから許せ。そのうちに慣れてくれな、とだけ話して頭を撫でた。今度来たらきっと彼女の足元には彼女の愛犬が座っているのではないか、更にはそこにはうちの駄犬も尻尾を振って並んでいそうな気がする、それは少し情けない絵図だがそうなったら面白いかもなとも思うのだった。