日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

ダルマさんが転んだ

犬を手元に呼び寄せる時もっとも有効的な兵器は「餌」だろう。餌を出せば幼犬なら放っておいても駆け寄ってくるし、成犬もしかり。しかし高齢犬になってくると違うのだ。

シニア犬といわれるようになった我が家の犬は、年齢なりに病も増え、投薬が増えた。シリンジを使い液体の薬を飲ませている。どんな味なのか、嫌がるのだからきっと苦かろう。のけぞって前脚を突っ張るものの歯磨きも欠かせない。動物は歯から老化するという。部分や総入れ歯は人間とて遠慮したい。しかしまだ治療ができる。犬の虫歯はどうするか。まめに歯を磨き防ぐだけだ。目下動物病院医師からは口腔状態良好とお墨付きをもらっているのは、自分が嫌がる彼の首根っこを押さえて昔から歯ブラシを使っていたからだ。犬はまったく家族の一員。いろいろ手がかかるが、そこも良い。

自分に近づくと好い事はないな。老犬になった彼は最近そんな経験を得たようだ。投薬や歯磨きで膝に載せようとすると彼は逃げる。テーブルの下という安全な地を彼は知っているのですぐそこに潜り込む。テーブルの足4本、椅子4脚。合計20本の足がパルテノン神殿の様に立ち並ぶ中を音を立てぬように後ずさりしたり、忍び足で前に進む。オードリー・ヘプバーンの名画「シャレード」のクライマックス、柱が立ち並ぶパレロワイヤルでの逃走シーンのような緊迫が流れる。こちらは屈んで追いかけるが間に合うわけにもいかない。腰痛を起こしそうだ。

餌はここで登場する。ボウルに餌を開け始めると即座に駆け寄ってきて、哀れ、そこを自分に捕まえられる。勿論餌を食べた後だが。しかし彼は食事の後に苦しみのひと時が来るのを知っているので最近ひどく慎重だ。経験値を重ねてきたのだ。

今朝の苦しみのひと時。餌をボウルに開けてもすぐにはパルテノン神殿から出てこない。目線を外して餌の音を立てる。すると数歩出てきた。天女はいないが餌の音は金属ボウルに良く響く。そう天照大神を岩戸からおびき寄せる手法だ。 今日ばかりはそのステップは慎重で、目線が当たらぬ間に数歩づつ用心深く迫ってきた。

おもわず家内と吹き出してしまった。それはまさに「だるまさんが転んだ」だったのだ。幼童の頃に遊んだ遊びを、我が家の犬が実践してくれている。

一気に近づくと捕獲される。あいつがいる間は油断ならない。そんな薄氷を履むが如し慎重さを感じさせた。

犬は何でも教えてくれる。未だに進化を続けるその姿は、老いても尚、学習だよ。そう言っているように思える。

アナタは全く凄いな。見習わせてもらうよ。そう家族で一番年長の小さな息子に話しかける。

大丈夫、目を盗んでコッソリ進むよ。ほんとだね、アナタは日々進歩だねぇ。




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