日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

信じる事に決めた・福之記13

抗癌剤の治療が決まった時、自分は家内に犬用のバリカンを持ってきてもらった。病院の浴室で鏡を見ながら自分の頭を丸刈りにした。薬で毛が抜けるのなら自ら短くしようと。さっぱりした。が、毛根はなかなかしたたかで、意外にも抗癌剤に耐えた。しかしその後の脳への放射線治療は強力で、全ての髪の毛は無くなった。

その後多少は髪の毛は伸びたが、大砲の弾丸の様な髪形を維持している。寝ぐせもつかずドライヤーも不要。直射日光の暑さと冬の寒気は帽子で防ぐ。それ以外は全く気楽なのだった。自分で出来るだけバリカンを掛ければよい、と決めていたがどうしても後頭部はうまくいかない。ハゲのくせに生えているところはしっかり伸びる。一カ月で一センチ程度。結局床屋に行く事もある。

自分などどんな髪型になろうとたかが知れている。そんな気持ちで僕は自分と我が家の犬もカットしてきた。ただ彼は目の玉が大きくかつ鼻周りには菊の花の様に毛が生えるのでそこは細心の注意を払う。

我が家の犬は二代目だ。ブリーダーで放棄された保護犬だった。子犬から飼った初代もこの犬もシーズー犬だ。鼻がぺちゃんこで目が大きい。ユーモラスで間抜けな顔立ちが可愛いい。中国の宮廷愛玩犬だったという。

犬の毛は、伸びずに季節によって生え変わる、一方で抜け毛は無いがひたすら伸びていく、その二種があるようだ。シーズーは後者になる。鼻のつぶれた犬が好きなのでパグとフレンチブルドッグにも興味があった。が抜け毛が無い事は喘息持ちの自分には必要だった。その代り一から二カ月に一度のカットが必要となる。さもなくば犬はスターウォーズのチューバッカーになってしまう。綺麗なカタチを維持するために半年に一回はトリマーさんに出していたが後は毎月自分でカットしていた。犬の全てに触れるのだから皮膚の異常も見つけるし、なによりも幸せな気分になる。オキシトシンが自分を満たしている事が実感できる。一方で目の周りや排泄器官辺りのカットは細心の注意が必要で、大量のドーパミンが必要となる。自分はそんな幸せホルモンに満たされる。つまりは我が家の犬のカットは自分を幸福に導いてくれるという事だった。

初代の犬を最後にカットしたのはいつだっただろう。彼は脾臓に癌が出来て腹水が溜まったのだろうか、痩せているのにお腹周りが大きくなった。かわいそうでカットは出来なかった。毎月体を触っていたのにガンには気づかなかった。十二歳だった。後悔があった。身代わり不動よろしく自分の癌の再発を防ぐ為に彼が発病したのか、と僕には思えた。そんな事を二代目犬のカットをしながら思い出したのだった。

同じシーズーでもそれぞれに違う事が分かる。二代目は毛が固い。耳と尻尾の伸び方が遅い。そして足の骨などはかなりしっかりしている。触りながらそれを覚えていく。毛が逃げてしまうのはバリカンの歯が劣化したのかもしれない。自分は鋏でのカットに挑戦した。体を傷つけぬように櫛を通しそこから出てきた毛をカットするのだった。前回は嫌がって椅子の上で逃げ回った。二回目のカットの今日は大人しくしていた。

彼の目玉は黒くそして大きい。時に吸い込まれそうになる。カットされながらそんな目で大人しく自分を見ている。何と、歌を思い出してしまった。自分が17歳の時の歌だった。

♪ 貴女は僕の事を 信じる事に決めて ただ黙って 懐かしく 僕を見つめている

小田和正の繊細な歌詞と歌声、鈴木康博の美しいハーモニーが多感な時代を思い出させてくれた。二代目犬もオスだが、歌の彼女の様にだまって座っている。

・・どうやら彼も僕の事を信じてようと決めてくれたようだった。

信じてくれたんだな。これからもカットするからね。そう話しかけた。