日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

かさぶた剥がし・福之記6

エリザベスカラー、なぜそう言われるのだろう。故エリザベス女王がつけていたわけでもない。ネットで調べると十六世紀頃の英国はエリザベス朝の頃に女性の首元に実際に使われていたからとの解説があった。確かにそんな絵画は美術や歴史の教科書で絵に見ることが出来る。そのドレス姿から高貴な方々だったのだろうかと思う。またそれを見た時首元がフサフサして痒くならぬか、といらぬ心配をしたこともある。

もう幸せな空へ去ってしまった我が家の先住犬も、新参の二代目もシーズーという犬種だ。鼻がぺちゃんこで少し間抜けな顔が気に入っている。概して大人しく無駄吠えもしない。毛も抜けない。その代わりにメンテをしないと毛は伸び放題になる。眼球が大きいので傷が付きやすい。皮膚に脂症がありやすい。とまあ、好きな点、良い点もあれば困る点もある。先住犬はやたらと痒がりで後ろ脚を起用に使って体を掻くのだった。その時の彼の顔はなかなか見もので無心に快楽に耽溺していた。家電量販店のマッサージ椅子に座っているオトウサンが時々感極まる表情をしているがあれに近い。脇腹から背中そして首筋、頭。立派な爪があるので掻きすぎると皮膚は赤くなり出血した。

二代目犬福太郎はブリーダー施設からの保護犬で何があったのか知らぬが頭に大きなかさぶたが幾つかあった。ある日ぞれは剥がれて出血していた。

かさぶたを剥がすとはなんとも飼い主に似ている。自分も頭にかさぶたが出来やすい。仕事でうまくいかないときなど無意識にそれを剥がしていた。小指の爪が不自然に長いのはそのためだった。頭皮の盛り上がりに楔を打ち込むように小指の爪で横から攻める。突破口が出来ればあとは薬指や中指あたりで横穴を掘り進める。トンネルの横穴掘りだ。達者な人差し指では勝負が早くついてしまうので勿体ない。全体が剥がれる目処がついたら途中まで剥がれたかさぶた片を動かしてその感触を楽しむ。徐々にぐらぐらしてくると一気に剥がす。綺麗にしかも出血もなく剥がれた時のあの気持ちよさはなかなか形容詞も浮かばぬほど心地よいのだった。憐れ我が頭皮はこうしてストレス解消の嘴矢となる。しかし同時にそれはその部分の頭髪をも根こそぎ抜いてしまう。楽しみながら剥がしているといつか頭の中は小さなハゲだらけになる。あまり気にせずに続けていたらある日驚いた。フサフサしていた頭頂部は吹きすさぶ風に揺れるただの枯れすすきになっていた。

職場では発達の遅れた元お子様とそのご家族と遊ぶという会がある。トランプやゲームなどを皆で楽しむ。親御さんが自分と同じ世代なのでお子様も皆とうに成人を越えている。もう子供ではないのだが親御さんはいつも心配そうに付き添っていられる。この会は同じような境遇の方々の横のつながりも出来るし、お子様とそのご家族にとっても家庭や作業所とは異なる世界は良い刺激になっているのだろうか、会の後の参加者さんはいつも楽しい顔だった。共に遊んで唄う自分も何故か気が晴れる集いでもあった。自分はたまたまその会は参加しなかったが、参加者さんの一人がすっかり頭頂部の髪の毛が無くなっていたとのことだった。三十代の娘さんだ。親御さんによると家庭の都合でお正月に数日間のショートステイに入ったという。戻ってきたらすっかり頭頂部がはげになっていたのは彼女が毎日髪の毛を抜いていたからだと聞いた。かさぶたを剥がす自分と同じだと思った。

この手の自傷行為はストレスに起因する。また当の本人にとって多くはそれが自傷だと思わぬものだ。実際自分のかさぶた剥がしも仕事にいきずまった時に多かった。かさぶたを剥がしても仕事が進むわけもないのに、自分はただ綺麗に剥がすことに無意識に集中していた。毛を抜くのは痛いがそれを繰り返さざるを得ない。同様に彼女にとってショートステイは余りにストレスが多かったのだろう。

二代目犬の頭のかさぶたは外傷だろうがそれを剥がすのはどうだろう?傷の治りが痒かっただけだろうと思いたい。これ以上出血しても困るので、例のエリザベスカラーを犬に付けた。先住犬が使っていたものだ。プラスチックの大きな襟を首に巻くとそれはあたかもハンディ拡声器が歩いているように見える。彼が頭を書く事はこれで防げるが、同時にこれは彼にはかなりのストレスとなる。歩いて匂いを嗅ごうとしたら、水を飲もうとしたら、いつもカラーが邪魔をする。

余程これが嫌だったのだろう、カラーを外してからも彼がかさぶたを剥がすことは無かった。かさぶたは剥がさないからもう二度とあんなものを着けないでくれ、と声が聞えそうだった。彼のストレスの元を排除出来てホッとした。もしかして、エリザベス朝の頃の高貴な女性陣もあのカラーに何の意味があるのかと想像すると少し話が脱線しそうだ。そんな襟が今は無いのは何故だろう。自ら付けたのか、強いられたのか。

何にせよ、ストレスなく楽しく過ごしたいものだ。ストレスは心の緊張から。するとやはりゆっくり生きればよいのだと思う。

エリザベス朝ゆかりのカラーなのか。これを嵌めると首から上を守ることが出来るが同時にそれは犬の自由を奪う。彼にとってはストレスだろう。

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