日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

膝の上の幸福

愛犬が激しいけいれんを起こし、4日間の入院を経て自宅に戻ってきてから2週間強経った。脳疾患と言う。毎日シリンジを使い経口でステロイドと抗痙攣剤を与えている。奏功してか、目下痙攣の再発はない。しかし病前の習慣や本能的なものは全て忘れたかのようだった。トイレの習慣は失いオムツ生活。餌の前の待機もできなくなり「待て」と言っても餌を食べる。来客を告げる玄関のチャイムが鳴っても反応しない。これまでは来客は自分が撃退するぞ、と言わんばかりに玄関先の人が立ち去るまで吠えて、扉が閉まると、自分達を見上げるのだった。あたかも自分が撃退したよ、とでも言いたかったのだろう。しかし今は大人しいだけだ。

退院の時は驚くほど軽かった。あれほど酷い痙攣が二日続き、あとは寝続けていたのだから仕方ない。ある意味彼は死地を彷徨したのだと思う。脳外科から血液内科へとお世話になった二年前の自分と全く同じだった。自分と同じ干支で同じ誕生日だからと言い、そんなとこるまで自分に似る必要もないのだ。

彼の犬種は季節によって毛が生え変わるのではなくただひたすら伸びる。毎月のカットは絶やせないが10年間ずっと自分がやっていた。トリマーさんには年に数度かかるのみ、これは形を整える為だった。自分のやるカットではすぐにいびつになるからだ。丁度そんなサイクルのはざまに彼は発病した。お陰で毛はボウボウだった。しかも排泄の制御が出来なくなったのでオムツをするが長く伸びた毛に排泄物もからむ。 医師からは治療中はトリマーは止めるように言われた。自分でカットする分には構わないという。長い時間をかけてシャンプーをしてカットするというその時間に体力が持たないことを気にしていたようだった。

余りにみすぼらしかったので、自分でカットをすることにした。カット台にしていた椅子にこれまで通り座ることはなさそうに思え、もっと低いテーブルに載せて、こちらも腰かけてカットに臨んだ。一番気になる排泄器官の周りはこれまで四つ足で立った状態でバリカンを当てていたが今日からは膝の上の仰向けに載せて丸く抱っこしてみた。彼は驚くほどに大人しく、なすがままだった。下腹部を大きくさらしてくれたのでバリカンをしやすかった。1ミリ刃で優しく体の表面をなでるとやわらかい毛はよく取れた。陰茎の毛を切るのは怖いのだが、この状態なら難しくなかった。小さな陰茎を先のその先の毛ごと引っ張り、毛の部分だけにバリカンを当てるとすっきりになった。その周辺一帯も気持ちよくカットできた。以前ならばこんな姿勢を自らとることもなかったのだから、あまりに大人しい子になってしまったのがありがたいが少し寂しくもあった。

丸く抱っこしていると可愛くて仕方が無かった。腕の中で彼は寝ていた。これまで10歳を超えてから人間年齢に換算はしなかった。ここから先は歳を取らないのだと。しかし真面目に思えば今の自分をいつか追い越したようだ。キチンと向き合うべきだと思った。

膝の上の温かみと確かな重さには実体があった。大人しくバリカンと鋏を我慢してくれてありがとう。そう言いブラシで彼の毛を落とした。医師からはまだシャワーは止めるように言われている。もう少しだと思いたい。オムツを巻いて彼を部屋に戻した。

膝の上にある温かみ。確かな実体感が自分に幸福な気持ちを与えてくれた。そして更に思うのだ。彼はすっかり回復した。だからこれからこの幸福はこれからも幾らでも味わうことが出来るだろうと。

初めて膝にのせてカットした。彼は大人しく従った。緊張する下腹部のカットも容易だった。膝の上には愛犬の実体感があり今後も何度となく繰り返すことができる事だ、と思うのだった。

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