日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

学友

学生時代の仲間二人が我が家に遊びに来た。年賀状のやり取りだけとなった関係から久しぶりに会おうと切り出したのは僕だった。そしてこの数年の間に何度か会ってきた。

S君は今や行税書士事務所を四軒経営している男だった。学生時代からすでにサラリーマンではなく公認会計士を目指していた。それが行政書士に落ち着いたとしても、満願成就だな、と思った。定年など存在しない。働ける限り働けるのだから。あまりメジャーではないこの職業を日向のものにしたいという彼の思いはすでに都内と横浜市に支店を多く構えている時点で達成していると思った。

もう一人のM君は学校卒業後に就職した会社がいくつも分社化した影響もあり、今は当時とは違う名前の会社にいる。コンプライアンス担当をしているという。学生時代には部活の先輩女子とねんごろになったという男に規律遵守を問われたくはないがそれが彼の仕事だった。

S君は十歳の息子さんとともに遊びにきた。お子さんは昆虫が大好きだった。近所に国の蝶に指定されているオオムラサキを飼育している施設がある。園内には谷戸があり水車小屋も水田もある。そこに出かけると彼の若い頭脳はフル回転した。見る虫全ての名前を言い当てる。昆虫好きでもカテゴリーがあるようだ。彼は豆粒の様なムシが好きだった。カエルや昆虫を採集して虫籠に入れるのだった。子供の持つ純粋な好奇心は老いた自分たちも刺激した。三人共水田を覗き込んではオタマジャクシに喜びゲンゴロウに声を上げた。両君はとても自然科学全般に博学だった。僕はM君に笑いながら話しかけた。お前は女性以外の事も詳しいんだな、と。彼もニコニコ笑ってた。

高原の湧き水を見て、渓谷を歩き、古い街道街を歩き、温泉に入った。ともに同じキャンパスで時を過ごした仲間だった。あの頃、こんなふうに再会するとも思っていなかった。それぞれに四十年の時を経ていた。長い時の溝は笑顔と酒が埋めてくれた。

学生の仲間とはわずか四年をともにした間柄にすぎない。僕たちはその十倍以上の時をその後に過ごしている。しかし彼らと話すと失われたはずの僕の髪の毛は戻って来る。ウッドデッキで乾杯したビールはワインになりハイボールへと進んだ。

サーファーの集う千葉でワーケーション施設を新たに作り事業拡大を考える者、七十五歳まで今の会社で働けると考える者。二人共それぞれだった。僕は五十七歳で実質的に社会から引退してしまった。これでいいのだろうかとも思う。早期退職のあと癌に罹患したがそれは免罪符なのだろうか? それぞれに人生がある。僕がやるべきことはなんだろう。

東京と横浜に帰る彼らを見送りに駅に来た。握手をして別れた。見送るのは寂しかった。学友と別れて僕は駅裏の路地の赤提灯に独り立ち寄った。なぜそうしたのかわからない。もう酔っているのにそこで冷酒一合とトリモツを前にした。お猪口を傾けながら回る頭でスマホを手にこの文章を書いた。少年の溌剌さ、前を見て生きる友、笑い、寂しさ、老い…。 どれも上手く文章に表現できないことがひどくもどかしく悔しかった。

古い友と別れて駅裏通りの赤提灯へ。楽しいひと時だったのに何故かもどかしい。冷酒と名物トリモツを前に濁った頭は思考停止をした。