日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

図書の旅41 小澤征爾 覇者の法則

小澤征爾 覇者の法則 中野雄 文芸春秋社2014年

世界のオザワ。クラシック音楽に興味が無い方でも知っているだろう。日本人指揮者は沢山居るが少なくとも欧州と米国では小澤征爾は人気知名度の点で別格だろう。西洋音楽とは無縁の遥か東の国からやってきてかの地で受け入れられたのだから凄い話だと思う。パリで彼の指揮に触れることが出来た。フランス国立管弦楽団を振りベルリオーズラヴェル、フランス物をやった。シャンゼリゼ劇場は満席でブラボーが飛び交いスタンディングオベーションは果てしなかった。日本人として誇らしく、自分は何故か泣けてしまった。

桐朋学園斎藤秀雄氏のもとで音楽の基礎を学ぶ。そして二十四歳で単身ヨーロッパに渡る。何のあてもない。指揮者コンクールで優勝する。そしてミュンシュカラヤンバーンスタインという二十世紀を代表する大指揮者に立て続けに師事した。するとトロント、サンフランシスコの交響楽団に招かれ、全米トップファイブのボストン交響楽団音楽監督の地位に就く。オザワ・ボストンの名コンビは数多くのレコードを残す。そしてベルリンやウィーンにも呼ばれウィーン国立歌劇場ウィーンフィル音楽監督迄上り詰める。信州・松本の地で恩師斎藤秀雄の名を冠したサイトウ・キネン・オーケストラを組織し音楽祭を根付かせる。そんな小澤氏は残念ながら先日他界されてしまった。

ボストンの東・タングルウッドの地にはセイジオザワホールというコンサートホールがあるという。先日松本の街を歩いてみた。音楽を根付かせた小澤征爾に対する謝辞が街中に溢れていた。それだけで、誰にも愛される稀代の指揮者が居たということがわかる。

彼の若き日の成功談は昭和三十七年に書かれた自著「ボクの音楽武者修行」に詳しい。生い立ちから音楽への芽生え、そして渡欧しコンクールに優勝、導かれるように三人の巨匠の知己を得る。そして朗々たる未来が待ち受けている、そこまでが書かれていた。この本を読んで行き当たりばったりに近い破天荒な行動力に驚いた。船で欧州に渡る。予定は何もない。並大抵ではない。座右の書として今も書棚にある。いつも感心する。凄いなと。

小澤征爾 覇者の法則」と書かれた題名の本は地元の図書館で偶然手にした。小澤征爾はなぜ世界に通じる人間になりえたのか。彼の自著とあわせるとわかりやすい。この本の著者である中野雄氏はこう書いている。「ヨーロッパへの船旅の途中・到着したフランスで、出会った人々や事柄から「何か」を得ている彼の知的吸収力の凄さは、質・量ともに凡人のそれとは隔絶している。そして彼のトレードマークともいえる抜群の行動力がそれに続く。」と。加え「三人の巨匠の目に留まるという運も働いた」と。

好奇心・吸収力・行動力。そしてもしかしたら一握りの運。これが覇者の法則だ、と知った。それは自分も頷ける。好奇心は持ち続けたい。しかし自分に吸収力はあるだろうか?自分は価値観が合わないものは色眼鏡で見てしまうし多くの場合は否定する。行動力などかけらもない。自分はここに「謙虚」という単語を付け加えると良いと思った。

書の背表紙に作者プロフィールが載っている。著者中野氏は音響機器メーカーの経営者で同社の米国子会社の会長でもあった。そして音楽プロデューサーとしても活躍と書かれていた。書を読めば小澤征爾氏個人とも知己があったことがわかる。職業を通じての情報や小澤征爾の書いたものなど豊富な文献を参考に纏めた一冊の労作だと思えた。クラシック音楽界の裏話など自分には実に興味深い内容が満載だった。

先日バンド仲間である友人が彼の父親の逝去についてSNSに投稿していた。この本を図書館で手にした際に著者の苗字とプロフィールから自分は何かを感じたのだが、やはり友人はこの本の著作者のご子息だった。友人のお父様が書かれた本を150キロ離れた地の図書館で自分が手にする。なんという偶然だろう。そしてまた分かった。友人の豊富な音楽や落語の知識、英語で落語をやってみようという好奇心と実行力など、お父様の影響があることを。友人のSNSにはこうあった。父が経営者を退き本を書き始め六十七歳で処女作を出版、多くの著作を世に残したと。父の言葉「人生における大切なことは豊かな趣味を持つこと」を実感していると。それは息子の父に対する尊敬の意だろう。

友人に伝えなくてはいけない。自分もお父様の本に感銘を受けたと。一冊の本は人に何という影響を与えるのだろう。自分も友人と同様に、本の持つ世界に憧れる。そして還暦を越えた今だからこそできる事があるはずだ、そう思いたい。何故かわからぬが「好奇心・謙虚さ・吸収力・行動力。負けてはいられない」そう口にしていた。

小澤征爾氏の自著は「ボクの音楽武者修行」しか持っていない。中野氏の著作をはそれも交えて小澤征爾氏の成功の秘訣、また多くのクラシック界の裏話などにも言及されている。とても興味深い一冊だった。