日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

休日列車「楽しみの国」行き

宇都宮の駅に居た。夏も終わりで夕暮れは決して暑くない。そんな中、同駅始発の列車を待っていた。日光の2400m級の山に一泊二日かけてでじっくり登った自分は疲労感に包まれながらも無事に終えた山の余韻と満足感、下山後の立ち寄り湯、それに駅前で手早く食べた宇都宮餃子とビールで良い気持ちだった。

駅のコンコースには馴染みの風景があった。今日の自分はヘヴィな皮の登山靴に大型のザックを背負っているが、前回もその前もこの駅に来たときには目の前の彼らと同じで、輪行袋を担いでいたのだった。

輪行袋をきれいにパッキングした四人組のサイクリストだった。女性を含む二人は、群馬の沼田から金精峠をこえて戦場ヶ原に出ていろは坂を下り、残りの二人は宇都宮からいろは坂登って金精峠を往復したとのことだった。50リットル近い大型ザックに登山靴のいでたちでいきなり話しかけたので彼らは驚いたかもしれなかった。登り勾配12%ありますよね。インナーアウターの歯はいくつですか?その一言で彼らもこの、へんちくりんなおじさんが同好の士と、わかったのだろう。輪行袋に入った四台の自転車は運転席の壁に置かれていた。同じ車両に乗り合わせた彼らはボックス席で楽しそうに話している。今日の行程でも反芻しているのだろう。

登山者とサイクリストの一瞬の触れ合いだった。どちらの草鞋をも履いている自分には自らの作った行程を走りきった彼らの満足感が良く解った。コンパクトクランクに加えフロントインナー32、リアアウター32という本人にとって走りやすいギア設定を選んでいる時点で彼は自分を良く知るベテランだろうと感じた。体を自転車にあわすことも大切だか自転車を我が身に合わせることもまた大切なのだった。

登山者もサイクリストも己のことをよく知っている。その限界の少し上をトライすることで喜びが増えることも知っている。まさにこの二日間の自分がそうだった。避難小屋泊りに加え歩行距離も標高差も大きかった。12時間近い行動の予定でった。大きな山だった。ずっと宿題だった。少し無理かなという気持ち、登れるのか、歩き切れるかという不安に後押しされたが、今の自分には120%、いや200%近い背伸びだった。友と共にその山を制して、心に広がったのは充実感だけだった。心が満ちていると疲労は寝ればすぐに取れるのだった。

さいたま新都心の駅で多くの汗臭い男性群が乗り込んできた。女性は少ない。電車の室内温度は一気に上がった。聞けばアニソンのライブがあったという。客層を見て想像はついていたがその通りだった。隣席に座った体温の暑いお兄さんに聞いてみた。歳は僕より十歳程度年下だろうか。合計5時間のアニソンフェスと言われた。結構有名なアーティストも参加されたという。総立ちで踊り過ごしたのだろう。汗臭くてスミマセンと、いうので、いや若き血潮のバクハツですね、と、笑って答えた。

登山者、サイクリスト。フェス帰りの人々。平日の夕方の満員電車のようになった電車はひたすら南西へ向かって走っていく。赤羽、上野、東京、品川と少しづつ完全燃焼の人々は降りていくのだろう。

この列車はそれぞれの休日を乗せて走っている。列車の終着駅は気にしていなかった。見逃していたが、それは「楽しみの国」に違いない。荒川を渡り都心を越え次は多摩川だろう。人々の喜びと充実感を乗せて線路が尽きるまで列車はでどこまでも走るに違いない。

懐かしき115系も「休日列車・楽しみの国行き」だった。

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