日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

根なし草の作るお好み焼きは広島です

「あなたのお国は何処ですか?」と問われると返答に窮する。出身地か、どこで長く暮らしたか?という意味か。何処に住んだことがあるのか?どこで過ごしたことがあるのか?。TPOに応じて、次の会話のピンポンが長く続くように答えを選ぶ。自分の中では全てが正しい。

香川、広島、横浜、神奈川中部、瀬戸内海…。

会話のピンポンも良いが、実際に色々な場所で住んでいると、様々な影響を受ける。言葉、食文化、お笑いのセンス、挙げだしたらきりがない。他にも住んだ町、帰省していた北陸の町、転勤で住んだヨーロッパの街、友の出身地、友が今も住む街、仕事で長かった静岡・伊豆の街…。

香川で生まれ、横浜で九年過ごしたのちに中高六年間という自我形成期に広島で住んだ。香川はこれらの期間を通じて事あるごとに帰省していた。小学生の頃は横浜育ち・ハマっ子を自認していた。しかし中学高校で価値観の転換があった。なにせ赤ヘル・広島カープは初優勝し、土曜の昼に学校から帰るとテレビでは松竹新喜劇吉本新喜劇が流れていた。広島弁をマスターするのは時間の問題だった。多少の違いはあれど、故郷の香川に近い言葉だったので身に着けるのは容易だった。

食については、うどん。岡山・宇野から香川に渡る連絡線で食べるうどんの美味しさは忘れられない。今では、北関東の美味しいうどん文化に触れ、讃岐が必ずしも一番とも言えない。しかし、あのイリコダシにコシのある麺は体組織の一部でもある。もうひとつある。お好み焼きだ。

広島焼き、広島風お好み焼き。色々な呼称があるが、あれはただのお好み焼きでしかない。東京ではまた違うものがあるから便宜上広島が冠称されているだけだ。自分の中でのお好み焼きはこれしかない。粉っぽくてぼってりして胃にもたれるだけの美味しくないモノ、それがお好み焼きだったが、広島に行ってその考えは瞬時に完璧に打破された。

薄皮のクレープ状の生地にキャベツともやしのてんこ盛り。そこに豚バラ他を載せて裏返し。鉄板の片方では同時にヤキソバが炒められ、卵が落とされ、そこに裏返しになったキャベツ・モヤシのクレープが載せられてから再度裏返し。オタフクソースがたっぷり塗られて、ハイ出来上がり。これが中高六年間、暇さえあれば通った街角のお好み焼き屋で、焼いてくれるおばちゃんの一挙手一投足を逃さずに見つめていた制作方法だ。そこはまた週刊漫画誌が山積みで学校帰りに気楽に立ち寄れる場所だった。1970年代後半当時でソバニクタマゴで350円程度だったろうか。価格も庶民の食べ物だった。

想像通りこれはお好み焼き屋の大きな鉄板ありきの料理。が、家庭用ホームプレートでもなんとか出来る。子供たちが小さいときはハレの料理。テクニックが居るので自分しか作れない、唯一父親の存在を示せる料理だった。夫婦二人だけになり、作る頻度は減った。ホットプレートを引っ張り出すのも面倒だ。

久しぶりにやってみようと思った。ホットプレートは大儀なので、フライパン2枚を使い分けて作った。出来は良かった。お目付け役の、東京人の妻も首を縦に振った。

色々なところに住んだが別の言い方をすれば「根無し草」。そのおかげで様々な食文化に触れた。そんな根無し草の作るお好み焼きはやはり広島のものとなる。フライパン2枚で出来るのなら、面倒でなくていいな。少々回りが散らかる。これは、二人で片付けるだけの話。

さて、簡単にできるのだからこれも我が家の定期的なレパートリーに入れるとするか。ありがたい。

結局自分は、広島の人なのだろうか。いや、言葉は香川とハイブリッド、それに大学時代の友人が住む山口のニュアンスも入っている。要は瀬戸内海人であり、それを誇りとしている。しかしそれも長く離れてしまった。つまりは根無し草と言うわけだ。残念だが、かの地の料理だけは忘れない。

表裏をひっくり返すのに二枚のフライパンを上手く使えば広島お好み焼きも意外と簡単。広島では麺は茹で上がった生めんをその場で炒めるケースが多い。今回は蒸し麵を利用した。麺がクリスピーなのが好きなので焼きすぎた。実際はここまでの硬い麺にはお目にかからないがそれも良しとした。おかかが欲しかったが備蓄なし。紅しょうがのみ。歯に引っ付く青のりはいつもご遠慮いただいている。