リビングには薪ストーブがある。40センチ程度の薪を三本いれて火を付ければ三十分もすれば部屋は温まってくる。外は氷点下だ。さすがにTシャツ一枚で済むとはならない。家の吹き抜けを多く設計したのが災ってか熱効率は少し悪い。それでも遠赤外線とは強力だ。薪ストーブの表面温度が二百度を越えれば快適になる。寒い土地だが昼間は十度以上の室温があるので薪ストーブは使わない。朝晩だけの出番だった。
自分の書斎の扉も開けておけばじきに暖まるのだが最近加齢のせいか妙に寒がりだ。エアコンも付いているが物足りない。しかたなく石油ファンヒーターを書斎に入れた。書斎というかそこは楽器から本などが無秩序に置かれた趣味部屋だった。
ふくちゃんを中に入れて。そう家内は言う。ドアを開けて低く犬を手放した。ふくちゃんはとことこと走ってギターラックの前に丸くなった。するとこう言うのだ。「あら、ベース、増えていない?このアコースティックとその隣の茶色」と。
泡を食ってごまかして扉を閉めた。確かにこの半年でベースギターを数本増やしたのだ。加えてギターも買っている。今頃気づいたのか、と思ったが、気づかぬふりをしていたのかもしれない。そもそも興味が無ければベースギターのカタチなどみな同じに見えるだろう。果たしてこれまでこの倍以上のベースを持っていたことを知っているのか?欲しいものができるとそれまでの中から使わぬものを売って、また買う。そして今何本あるのかも、何も言わなかった。
いくらしたの、というので五だよ五、と適当に煙に巻いたが五万円ねと言われてしまった。あたらずしも遠からじだ。自分の友人には自転車を何台も持っている人がいる。傍から見ればただの鉄パイプを水平に溶接しただけのフレームにタイヤと泥除けが付いているだけなのだが、オーナーは全てがわかる。これはパスハンティング用、これはゆっくり日帰りラン用。これはキャンプ用と。かたやフレンチパーツ、いやイタリアだ。やはり日本製ですね、と話は枝分かれする。そんな所で数台増えても気づくまい、と思い隠しながら台数を増やし時に減らしている。しかしそんな努力もいずれは奥様に見破られてしまうという。彼はいつも弁明を考えていた。
無断入室禁止と張り紙に書いて戸の外に張った。これくらい大目に見てくれてもいいのにと思う。すると家内はすぐに娘たちにラインを入れてこの事を伝えている。父ばかりでなく母も欲しいものがあるだろうからちゃんと聞いてね、と娘から連絡が来てしまった。
カバンが欲しいの?スニーカー?そう聞く。やはりバレないようにしたいな。何か買ったらいったん家の外に置いておいて、日が暮れたらこっそりと家に持ち込んで部屋に鍵をかけよう。そう考えてしまう。
張り紙を見て家内は言う。別に怒っていないよと。僕は半分冗談のその紙を剥がした。そうか、正直が一番かもしれぬ。風通しの良い家にしたいと思う。
