日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

弁慶の七つ道具

街行く人はただ思うだろう。これは何なのだろう。空に喧嘩でも売っているのかと。そして風が吹いても倒れないようにしてほしいものだと。パイプの骨が為す役割に多少なりとも想像がつく人は更に思うだろう。何かを傍受しているのだろうかと。被害妄想の傾向がある人は更に思うであろう。何か光線でも発射して密かに気に入らない人や物をこの世から抹殺しているのだろうか、と。スパイ映画の好きな人は更に思うだろう。きっとここはCIAやMI6のアジトであると。そんなすべては普通の感覚なら正しい。そもそも異様。これはまるで弁慶の七つ道具だ。これを誰かが操作するのであればその人のは間違えなく変人だろう。自己中心的なのか、殻に籠もることが好きなのか。これが武器ならば敵は一体誰なのだろう?

自分は知っている。理解もする。そしてこれを異様に思う一般の人の感情もよく分かる。・・問に答えなくてはいけない。敵はいないのだ。ただ科学的好奇心にあふれ世間体を気にする暇がないのだ。

見上げる空は穏やかだ。しかしそこには無数の電波が飛び交っている。電波には波長がある。100mを超えるようなものもあれば数十センチのものもある。それらの電波を扱うにはその波長にピタリとはまるアンテナが必要となる。するとこれら奇怪にして複雑なるパイプ達は様々な波長の電波を受信し発信するためのアンテナであると知る。自分たちの世代なら知っているだろう、科学特捜隊やウルトラ警備隊の隊員が手にした銃から発射される光線を。アレの波長は数センチだろう。それはたいそうな破壊力で怪獣を、宇宙人を苦しめる。

しかし心配は無用だ。この複雑なアンテナ群からはさような怪光線は放射されない。オペレーターは概ね穏やかで内向きな人間が多い。電波は遥か遠くから飛んで来る。彼らの関心はそれを如何にして感度良く受信し強くそれに応答するか、その一点に見事に集約される。だから彼らは自らの科学的探究心を尖らせる。

種を明かすと、彼らはアマチュア無線家という人々だ。なぜ自分が理解するかと言うと自分も同類だからだ。

自分はこの点において限りなく変人であると自覚している。似たような魚の骨をベランダから突き出して、それをグルグル回すのだから。人々にはサンダーバードの秘密基地の超小型版と思われているだろう。傍目を気にしていたらこれは出来ない。電波は面白い飛び方をする。長い波長は電離層に反射し地面に戻ると蹴鞠のように再び反射する。マルチホイップと呼ばれている。短波放送で地球の裏側の電波が聞えてくるのはそのお陰だ。短くなると光線に近くなりモノや山で反射する。見通し距離と電波の飛びは比例する。また、空気の暖層と寒層の隙間をパスファインダーのように通り遠くまで飛ぶ。ダクト伝搬と呼ばれている。

これらを知ったうえで遠方から届く電波を受信しそれに応答しそれが相手に拾われて交信が成立する。この時アマチュア無線家はまるで子供のように笑顔を浮かべるだろう。金柑ハゲのオジサンも総白髪のおじさんも皆科学的好奇心以外の邪心を持たぬ年老いた子供に過ぎない。人から理解されないだけで極めて善良な市民なのだ。

電波には高調波という二倍三倍の周波数での副次的な電波がつきまとう。その放射に伴いかつてはテレビ放送が乱れ、時に玄関のチャイムはなる、隣家の電話の会話の中に混線する、そんな、電波のいたずらも起こった。今はテレビ放送もデジタル化され無線機の性能も良くなった。テレビ放送は光ケーブルでやってくる時代だ。そんなゴーストからは開放されている。またアマチュア無線のアンテナタワーもあまねく日本アマチュア無線連盟によるアンテナ保険に加盟しているだろうことを言わねばならぬ。

目の前に見あげるタワーは数基あり3.5メガヘルツから2400メガヘルツ辺りまでのアンテナが見えた。短波から極超短波帯まで、アマチュア無線に認可されているほぼすべての周波数帯のアンテナがあるように見受けた。とても欲張りだ。自分など特定の幾つかの周波数を追うのに精一杯なのだから彼の好奇心はとても大きいのだろう、ローテータというモーターでそれは360度任意に回転するが、仰角調整のついたアンテナもある。そちらは月面に電波を反射させるのだ。電波で刺されてお月さまのウサギは驚くだろう。イテテと、泣くかはわからぬが、電波の月面反射とはなんとも夢があるではないか。

理由があり今は自分はアマチュア無線のアンテナを家からおろしてしまった。しかし密かに計画は進行している。いずれは免許の許す範囲で大出力の設備をこじんまりと設営するだろう。

人間のやりたい事にはやはり器があり目下自分の器は他のことで満水だ。当面それは埋まったままだろう。何かを入れれば何かが出ていく。アマチュア無線の出番は何時になるかわからないが、僕は子どものような好奇心を大切にしていつも器を満水にしたいと思っている。幸いにアマチュア無線技士の資格は一生ものだ。遠い、いや近い将来にまた電波を出すこともあるかもしれない。弁慶の、せいぜい三つ道具くらいだろうか、その際は大目に見てほしい。

自立タワー、ルーフタワー。ワイヤーアンテナ。一体何基のアンテナが上がっているのだろう。ここかで世界の電波を拾い、世界に発信、科学的な好奇心が満たされる事だろう。