日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

図書の旅34 ホテルカイザリン 近藤史恵

●ホテルカイザリン 近藤史恵 光文社 2023年

普段あまり本を読まない妻が「この本を読みたい」というのも珍しい事だった。図書館に申し込んだら数日で電話が掛かってきた。前回の閲覧が終わり返本されたという。奥付の履歴スタンプを見ると今年の十月に納品された本は妻で5人目となる。貸出期限は二週間なので早いペースで貸本が回っているようだった。

作者さんの名前も知らなかったが、履歴を見るとミステリーの著で様々な誌面に投稿され賞を得ているようだった。話題作だったのだろう。妻は何故この本に行きついたのか、アンテナが高いなと思う。

八作の短編集だった。片意地張らない文章はからだにすっと入ってきた。主人公のパリでの生活を描いた「金色の風」。その記載は五年近く過ごしたパリの風景が自分の中でよみがえってきた。主人公のパリでの生活を通じて得た孤独感は、石畳と石づくりというあの街の持つ排他的で閉鎖的な空間を思い出させた。それは決して明るいものではなかった。主人公はその街をジョギングする。彼女はそのコースでレトリバー犬を連れた女性ランナーのチェコ人の友人と知り合う。しかし犬は早死にし、哀しい思い出に満ちた街にはもうすめないと友はチェコへ帰国する。彼女は去った友人の思い出を胸にパリのマラソン大会に出る。彼女は何かを得たようだった。

表題作もよかったが「甘い生活」という掌編も楽しめた。人の持つものはなんでも輝いて見える。しかしわが手に収めてしまうと輝きが無くなる。そんな気持ちは子供心に誰しも持つのではないか。そこにミステリーの要素を絡めて書かれている。結末はやはりあんな形になるのだろうか?長い代償を払う必要があったのだろうか?と思ったが、作者は彼女にやはりなんらかの「裁き」を与えたかったのだろうか。

さりげない日常の一ページから想像を膨らませていく。そこにミステリーの要素を加えるか加えぬか、悲劇とするか喜劇とするか。すべては作家さんの頭の中で決められる。自分の思うままに作中の人を動かし、その裏の心を描く。作者が本当に示したいのはその心だろう。小説を書くとは難しいなと思う。

最新作で多くの方が読みたがっている本だった。僕も読むから待ってくれ、と頼んでずるずると借りてしまった。もう返却期限を二日過ぎていた。早く返さなくてはいけない。読後感をじっくり書く事も出来なかったのが少し残念だった。

人気のある本を期限越えて借りてしまった。直ぐに返却しなければ。