日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

図書の旅19 今日もお疲れ様(群ようこ)

・パンとスープとネコ日和 今日もお疲れ様(群ようこ角川春樹事務所・2020年)

妻がサブスク動画サイトで見ていたドラマがこれだった。ちらりと横目で見たらすぐに画面に引き込まれた。テレビのドラマや映画などは観るのに時間がかかるので自分はまず見ない。しかしこの画面にはなぜか引き込まれた。主演女優が同じだからか、映画「かもめ食堂」に近い雰囲気があった。なるほど、それは原作者が同じだからだと知ったのはこの本を読んだ後だった。群ようこさんの名前は本屋の棚でよく見ており人気作家なのだろうと思っていたが何故か手に取ったことはなかった。

母の突然の死をうけて出版社を辞職して母の形見となった街の定食屋を自ら改装した主人公。ゆっくりと出来る事をやっていこうとパンとスープだけのメニューで再生を図る。彼女は自分のペースと自分のセンスで少しづつ物事を進めレストランも動き始める。何も特別な事のない日常をミニマムな演出で映像にしているだけの番組だった。

人気作のようで連作だ。自分が手にした書が何作目かも分からないが、日常生活を淡々と描いた書だった。主人公アキコと店を手伝うシマちゃん、そしてシマちゃんのパートナー・シオちゃん。通り向こうの喫茶店のママ。アキコの飼う二匹のオスネコ。ミニマムの登場人物がアキコの生活を彩る。

アキコのレストランに卸していたパン屋が過労で店を閉じる事になりアキコとシマちゃんは新しいパン屋を探す。新しいパン屋も美味しく、夫婦二人でゆっくりと出来る範囲でパンを焼いていた。店を閉じるこれまでのパン屋のご主人は、「店を軌道に乗せてから客離れが起きぬよう必死だった。それで体を痛めた。自分達に足りないのは、新しいパン屋さんのような【緩さ】だったんだ」と気づく。

アキコは無理をしない。シマちゃんが風邪で休んだら、レストランの営業時間を短縮して、やれる事だけゆっくりとやる。美味しいサンドイッチと手の込んだスープは欠かさず作るが、出来る範囲までだ。店が失敗してシマちゃんのお給料が払えなくなるならこの店を処分して払おう、自分はなんとかなる、と考えている。シマちゃんはパートナーであるシオちゃんとは事実婚としてそれぞれの空気感を大切にしながら生活をしている。そのスタンスは変わらない。通り向こうの喫茶店のママはそんな店を見守ってくれる。美味しいパンとスープがあるだけだ。

人々の善意が根底に流れる日常の風景の上にはさまざな価値観とそれを包み込む淡々とした時間が無理なく漂っている。そんな小説だった。

良い小説だと思った。自らをその世界に没入させて読むような小説ではないし作者もそれを望んではいない。難しい単語も言葉遊びも皆無だ。片意地張って生きている働く世代の人々、特に女性に向けて。「ちょっと息を抜こうよ、自然体で行こうよ、すると日々が積み重なるよ」、そう話しかけている世界だと思った。それは今の自分にも優しい言葉だった。忙しく、負けずに生きてきた世代に対してのアンチテーゼなのだろう。

妻に内緒で、自分もサブスクリプションでドラマ編をコッソリ見ようかと思う。何故内緒にしようとするのかは、自分でもよくわからない。

これまで気になっていた作家だった。素敵な映画やドラマの原作者だった。自分もその店に行きたくなる、そんな気がしている。

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