日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

懐かしい店

懐かしい店

懐かしい店、と言っても一度も入ったことがないのです。ただそのごく近所に友人が住み、自分も根城にしていただけの話。そんな友人のアパートの直ぐそばにそのお店があっただけの話です。

友人はジャズが好きで、ロック一筋だった自分は余り積極的にジャズは聴いたことがありませんでした。しかし、ジョン・コルトレーンも、ソニー・クラークも、バド・パウエルも、マッコイ・タイナー、ドン・フリードマンも。そしてサラ・ヴォーンやヘレン・メルリも、すべて彼から教わりました。もちろん、ビル・エヴァンスも・・・・。

ジャズピアニストで居ながら端正で美しいピアノを弾くビル・エヴァンスにはもちろん自分も夢中になりました。スコット・ラファロポール・モチアンとの名コンビの有名すぎる幾枚かの録音のみならず、チャック・イスラエルをベースに迎えた盤や、ジム・ホールとの演奏なども好んでよく聞いてました。

たまたま所用があり車で環七を走りました。かつてあった小田急線の陸橋部分を越えて世田谷の代沢へ。そこで茶沢通り方面に入ります。代沢小学校の前の緑道。そう、そこは学生時代の根城でした。ナビを見るまでもなくハンドルは勝手に動きます。

むろん当時の仲間のアパートはもうありません。下北沢らしい雰囲気の住宅に代わっています。しかしこの緑道は桜の名所。当時はその季節になると緑道の向かい側の家がみんな自宅から電気の延長ケーブルを引っ張り出して、桜並木の下にこたつを出して、夜桜見物の酒盛りをしていました。そんな雰囲気は確かに残っている。

そんな場所の直ぐそば、茶沢通りに面してあるジャズバー?があったのです。

その店の看板には、あの、彼が。名盤「Portrait in Jazz」、そのジャケットをイラストに落とし込んだこの看板。自分が大学生の頃から、存在していました。そして、その看板と、そこに描かれた「彼」とも、久しぶりの再会をしました。

もうとうに無くなった友人の根城。三差路にあったスーパーも無くなった。概して道幅は広くなり何かゆったりした感じもする。しかし桜並木と、小学校は当時と変わらない。

そんなとても長い時の流れ、街の移り変わり、そして栄枯盛衰を、彼、ビル・エバンスはただじっと、この代沢の路地で黙って見つめていたのですね。それは目の前の緑道の桜が35回以上も咲いて散ったという、長い時間だったのです。

大人の香りが強かったこの店には、当時は高い敷居だったし、入ったことも当然なかった。今なら入れるかもしれない。そんな風にも思います。

しかし、入ることはないだろう。あそこは大人の世界、そう考えていた当時の思い・夢は、いたずらに解き明かさないにしないほうが良い。今なら楽しめるかもしれない。ただ、自分がそこに相応しいかどうか、そんな自信もないし、かえってミステリアスなままに置いておきたい気もする。

たしかに、あの店内に思い切って入って、Walts for Debby を聴いたら、きっと、自分の中に何かが起きるな。でも、それはしない。なにか、届きそうで届かない、そんな夢は当時のまま壊さずに持っていたいのです。

素晴らしい世田谷の、夕べでした。

https://www.youtube.com/watch?v=W3wq7ejawIA

(2021年9月14日・記)

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自分が20歳の頃から、静かに街の移ろいを、彼は眺めていた。