日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

栄光は君に輝く

東北新幹線はなかなか列車種別が多く県庁所在地駅も通らないものもある。「はやぶさ」を選ぶと東京からは大宮だけに停まりその先は仙台までノンストップになる。栃木の県庁所在地・宇都宮も、福島の交通要所・郡山も、県庁所在地の福島にも停まらない。時速300キロを超えて走るのだから風景はたちどころに流れていく。東北新幹線は青森に向かって左側の窓際に座るのが好きだ。山の眺めを堪能できる。下り列車だと朝日を浴びて、上り列車だと残照を背に山が浮かび上がる。日光白根山男体山・女峰山、那須岳。福島に入っては安達太良山、盛岡を過ぎると岩手山と、既知未知の山々があっという間に右から左へ去っていく。福島駅を通過する手前で僕はいつも額をガラス窓につける。吾妻連峰がスッと立ち並ぶ姿は見どころだろう。吾妻小富士が手前にわかりやすい姿で立っていて、高山・東吾妻山・一切経山と山並みが続く。連峰の最高峰である西吾妻山山形県にまたがるので新幹線からは見られないがしばらくはそんな懐かしい山に目が釘付けになる。

吾妻連峰には車道が上がっている。磐梯吾妻スカイラインとよばれる観光道路だ。もう十年以上も前、五月連休に自分は友と共に裏磐梯からその道路をたどったことがある。車には登山用のスキーが積んであった。浄土平で駐車をしてスキー板の裏に滑り止めのナイロンシールを貼った。踵の上がるテレマークスキーだった。そして登山をした。吾妻連峰の東端のピークに立ちそして滑った。春のザラメ雪にテレマークターンが上手く決まり夢見心地、それは楽しい春の山スキーだった。

一帯には未だ登り残した山がある。またスキーでその山頂を踏みたいと思った。スカイラインが除雪されるとされぬでは労力に天と地の差がある。現状見込みを知ろうと福島市役所の観光課に電話をした。お待ちくださいと言われ保留になったが、その保留音がなかなか福島らしかった。・・・何処かで聞いたことがあるメロディだがすぐには分からない。スマートフォンに向かって口笛を吹いて検索させた。それは全国高校野球大会で流れる歌だった。「栄光は君に輝く」という題名だと知った。

何故福島らしいと思ったのか、堂々として元気が湧いてくるメロディが東北の人の勤勉さや実直さを表しているように思えたのだ。子供の頃家の二軒隣に福島県ご出身の方が住んでいた。家族ぐるみで懇意にしていた。奥様は元気者で優しい方だった。良く遊びに行ったが話し言葉は朴訥でよくわからなかった。そんな小母さんの立ち居振る舞いを感じさせる音楽だった。

なぜ福島市役所はこの音楽を流すのだろう。福島県でそんなに多く高校野球の常勝校はあっただろうか?思い浮かばなかった。ネットで調べたら謎が解けた。作曲者が福島市ご出身という事だった。今では福島駅の発車メロディでもあるようだ。東北大震災の復興を願って地元出身の作曲家・こせきゆうじ氏の元気のある音楽を駅メロに選んだという事だった。同氏はNHK朝ドラのモデルにもなったそうだが、あいにくそのドラマは見落としていた。

震災後の福島の風評は落ちてしまったが今は一時的だったと思いたい。地震で途切れていた常磐線も全線がつながり東京と仙台を繋ぐ特急が復活した。福島は確実に戻っている。役所によるとスカイラインの除雪・開通は未定なるもゴールデンウィーク前という事だった。どこの山に登ろうかと迷っていたがこの曲を聞いてしまったら行先は決まったようなものだった。

今シーズンはまだデビューしていなかったスキー板を出してきた。シールは大丈夫だろうか、少し早いが装備の点検を始めた。心は白銀の山に飛んで行った。懐かしい福島の言葉が思い出される。さて、しばらくは天気図に釘付けだろう。

滑り止めを付けたスキー板に踵の上がる締め具。スキーは登山の道具でもある。風の音と雪面を踏む音以外は何も聞こえない。ダケカンバ帯を超えるとアオモリトドマツが頭をのぞかせている。どう斜面を歩こうか・・。山頂が指呼の間となった。滑り止めを剥がすと後はお楽しみだ。テレマークターンが心地よい。(ある春の日に福島県・東吾妻にて)