日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

図書の旅35 山とスキーとジャングルと 本多勝一

●山とスキーとジャングルと 本多勝一 山と渓谷社 1987年

本多勝一の単行本を初めてどこで目にしたのかを一生懸命思い出そうとしていた。しかし記憶は曖昧としている。確かあれは学生時代だった。僕は友人と二人で女友達の引っ越しを手伝ったのだったように思う。なにせ22歳の女性の部屋など入る機会もない。加えて彼女は僕達の憧れだった。だから緊張と部屋の香りで気絶寸前だった。薄らぐ記憶の中で本多勝一の書が並んでいたように思った。タイトルはうろ覚えだが山の随想かと思えば必ずしもそうではない。世界の僻地の紀行やルポもあったように記憶している。

図書館で手に取ったの彼の書籍は山と渓谷社、通称ヤマケイから出版されている本だった。山ヤにはお馴染みの出版社だが、それだけあって「山とスキーとジャングルと」という題だった。表紙のイラストがとても良かった。沖縄県やフィリピンの山についての記事も書かれていたが表紙のイラストを見たらこの本を借りざるを得なかった。

それはブナ林を登るスキーツアーのイラストだった。テレマーク山スキーかは分からない。しかしキュッキュと雪を噛むシールの感覚と、ブナ林の圧倒的な静謐さを思い出させる絵だった。実際スキーを履いてブナ林を登りシラビソやツガの林の中辺りまでは滴る汗の音が聞えそうなほどに実に静かな登山になる。雪が全ての音を吸い取るのだから。稜線に上がるとシュカブラが現れて山は違う一面を見せる。素敵なその絵は水彩画ということだ。本を開くと、文章と共に絵も作者の筆によるものと知れた。

本多勝一氏の略歴を見ると作家とある前に新聞記者・ジャーナリストと出てきた。小説家の筆とは違うタッチを感じたが、そういうことだった。十一編からなる小品集は紀行文であるがそれは五編で、残りの山の記事は記者としての視点で書かれている。それも興味深かった。1963年1月の北アルプス薬師岳での愛知大学パーティの大量雪山遭難、1987年5月の八ケ岳横岳からの滑落事故、そして東北のブナの名峰森吉山へのスキー場開発、そんなトピックを実際彼は取材していた。残りの作品は北アルプス白馬乗鞍岳や雪倉岳への山スキー紀行が印象深かった。山スキーを履いての取材であり紀行だった。

遭難事例を書いた本を読むと暗くなるが同時に人間の危機管理能力や山に対する無知への警告、追い詰められた時の人間心理の脆さを感じる。記録はリーダーの資質や、烏合の衆的なツアー登山に対する警鐘でもある。自分はクリティカルな登山はしないが、やはりスキーを履いて雪山に入る。夏山では一般ルートでも鎖場や危うい場所は不可避でもある。改めて随分と首の皮一枚で通り過ぎて来たなと思う事も多い。またバブル当時の大資本による日本の山の乱開発も今思うとひどい話だったと思う。そのスキー場は今は閉鎖されているのだから誰もが何かを学んだのだろう。

氏の著作を読み進めたいと思ったが図書館にはこれ一冊だった。また何処かで出会う機会もあるだろう。その時は借りてみよう。今も親しくしているあの友人にこの項を書くために聞いてみたらやはり記憶は正しかった。彼女は高校の先生に薦められて本多勝一を読んだとのことだった。色々な事象について詳しい友人だったのはそんな背景もあったのだろうかと思う。本を肴にしてまた彼女の話を聞きたいとも思うのだった。

著者自ら描いたという表紙のイラスにとても魅了された。新聞記者でもある著者の書は切り口も異なり面白かった。

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