日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

我慢比べ

初めて飲んだ酒はビールだったか。いやもしかしたらお正月のお屠蘇だっただろう。たしかに子供でも一口程度は唇を濡らしたかもしれない。

大っぴらに飲みだしたのは大学生になってからだ。当時は十八歳であれお構い無し、そんな時代だった。一人住まいを始めたので立ちどころに自分の部屋は法律家を目指していた隣室の男やクラスの仲間たち、むさくるしい男どもで賑わった。毎晩そこで酒盛りだった。騒々しかったのか隣家にすむ大家が時々苦情を言いに来た。

正直ビールは苦いだけだった。T焼酎の純、S社の樹氷。部屋にはこの安い焼酎とウオッカのガラス瓶がゴロゴロしていた。ポテトチップスを手に、これらをコーラで割って飲むと手っ取り早かった。酔えればよかった。「♪今日もお酒が飲めるのは◯◯さんのおかげです、美味しいお酒ありがとう、それ一気、一気」と酒場では歌われたがその後に待っているものは嘔吐だった。

ビールを始めて美味しいと思ったのはそれから数年後。あれは舌でではなくグイグイと喉で飲むと知ってからは苦い炭酸は甘露となった。少しトレーニングの必要な飲み物かもしれない。夏場などは特に美味しいと思ったが、まだ夕食時に食事とともにビールを飲む習慣は無かった。

夕食の晩酌でビールが欠かせぬようになったのは家庭を持ってからだろう。たいした労働もしていないのにそれを飲むと一日の終わりを感じた。

帰宅したら食事が先か風呂が先か?自分にとっては愚問だった。まずは風呂。汗を流して体の水分を抜いてからビールで元に戻す。金色のそれは体液に近い浸透圧なのか、グイグイ飲むとようやく生き返る。ビールは一日の頂点であり朝昼夕などはそこに向けたスロープに過ぎなかった。

当時は世のオジサマにはK社のラガービールが人気で何処へ行ってもそればかりだった。S社はペンギンのパッケージで売り出していたがオジサマの心は不動岩の如しだった。黒星印のS社は地味に人気があった。そこへA社が辛口・ドライという切り口で一気に市場を変えた。ビールはK社というオジサマの価値観が嫌いだった自分はA社の大躍進に快哉を唱えた。

ワインが美味しいと思ったのはやはりフランスに住み初めてだった。そもそもかの国のビールが不味かった。当地では昼間からワインを飲む。会社の食堂にもワインがあった。フランス人なら誰しもがワインのボトルとラベルを一目見て産地と当たり年か外れ年かがわかる、それはムッシュ・マダムの常識だった。実際美味しい料理にバゲット、チーズ。ワインがこれほど似合う組み合わせもないように思えた。ビールはないが炭酸水でのどを潤すのだった。任期が終わり帰国時には数十本のワインを持ち帰った。

ウィスキーが美味しく思えるまでにはさらに時間がかかった。学生時代にたまに飲んだのはS社のレッド、N社の髭のブラック。そんなものだった。それもやはりコーラで割るのだから味など判る筈もなかった。社会人になり海外出張が増えるとやがてエアラインのプレミアラウンジが使い放題になる。そこで初めて竹鶴、山崎、響といった家庭では買えないものの味を知った。ストレートか、ロックがよい。一番味と香りを楽しめると知った。

お酒は年輪に近いのかもしれない。知らなかった味もだんだんと知ってくると何か豊かな気分になる。一つ味を知ったら年輪が増え、それは増え続ける。また料理を美味しく戴くのにも必要不可欠に思う。若い頃の様に酔うために飲むのではなく美味しく食べて豊かな時間を過ごすために飲む、そう価値観とライフスタイルは変わってきたように思う。

しかし問題があるとしたら人体への影響だろう。アルコール依存症とまでいかぬとも長年の飲酒は喫煙同様に人体に影響を及ぼす。主には血管そして肝臓機能への影響だろうか。ガンで一度は酒をいやおうなしに半年断ったがやがて飲み始めていた。パートは少し体を動かすのだから仕事の最中で頭にビールが浮かんだ。現役時代の出張で上面発酵ビールの美味しさを知った。ベルギーのトラピスト修道院のビールだった。日本にもクラフトビールが盛んに出てきた。それらはラガーよりもゆったりと飲めて美味しかった。どのクラフトを飲むかと考えるのは楽しかったが、同時にもしかしたらアルコール依存症だろうか?と思ったりもした。

昨年末に体調を崩し年末年始は殆ど寝ていた。お酒も飲まなかった。すると何かが体から抜けた気がした。実際血液検査では悪玉コレステロールが改善ししきい値に入っていた。お陰様でそのあと2か月。休肝日が大半を占めてきた。よしよし、と思うのだが登山やサイクリングの後、また料理によってはビールが欲しくなるのだった。その都度言い訳をしながら缶ビールを買う。一度缶を開けたらそのままワインや焼酎に手を出す。

少し自分を試そう、と冷蔵庫の中にビールとノンアルコールドリンクを並べて置く事にした。ニンジンがぶら下がった。耐えられるか自己鍛錬だった。

連勝は〇、駄目ならXをカレンダーに書いている。毎日が我慢比べ。さて今月はどうなることか。〇を続けようと運動を止めて食事も愉しまないようにしたら、それは本末転倒にも思える。こまったものだ。

ちなみに懐かしき純も樹氷もまだ販売されているようだ。店では見たことはないが取り寄せるか。ああ、それでは意味もない。

酒は食事の良きパートナー。そんな飲み方が出来るようになるにも時間がかかった。この絵の酩酊してはいけないだろう。酒を飲むか飲まぬかは自分には我慢比べでもある。

 

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