日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

危ない所だった

中古品を買い取り販売する店は言ってみれば中古再販店だろう。元は古本屋だったが古着やハードウェア一式を扱うようになっている。不景気も手伝ってか規模の大きな店から小さいものまで何種類もあり、売る方も買う方も人が絶えない。自分も不用品や本を買い取ってもらう事もあり時々出かける。そしてまた中古品の棚を見るのも楽しい。何年使ったものかわからぬが大抵のハードウェアは大きく値が下がっている。デジタル家電は最たるものだろうか。あれほど出費して買ったデジタル一眼もレンズも買い取られたときは冗談だろ?と思う値段だったが、また、売られている品も安いのだ。新品を買う事が馬鹿らしくも思える。

そんな中値段がさほど下がっていないものもある。楽器だ。そこそこのブランド品は良い値段がついている。特に1970年代から80年代の製品は当時の定価より高いかもしれない。

エレクトリックギター・ベースの世界での二大米国メーカー、フェンダーギブソン。こちらは今でも良い値段がつく。当持は米国製だったがその後日本メーカーがライセンスで出したり、メキシコ工場品が出たり、更には廉価版ブランドが在ったりとややこしい。1950年代から1960年代の両社の楽器はヴィンテージの世界で百万円を下がることはないだろう。それらの楽器を見るのなら御茶ノ水辺りの楽器店に行く必要がある。良い目の保養になる。中古再販店では流石に左様な商品はない。売る側としたらやはり価値の分かる店に真っ当に評価してもらいたいところだ。そんなこともあり中古再販店の楽器コーナーはあまり期待しないで覗く。多くは初心者用の良く分からないブランドの楽器だ。しかしたまに、お、と思うものもある。

姿かたちが好みだった。値段も手ごろだった。日本製だが一目でピンときた。初回はスルーした。別の用事でその店を訪れて再び覗いた。まだあった。何故だかわからぬが木目が出ているギターに弱い。自分がこれまで所有した楽器の殆どはナチュラルカラーで木目が出ているものかサンバーストで木目が見えるものだった。木目フェチかも知れぬ。気に入った一本の五弦ベースは黒の塗装が施されていたが、わざわざそれを工房に持ち込んで塗装を剥いでクリアを塗ってもらったほどだ。黒い衣装を脱ぐと控えめの木目で思ったよりも素肌美人だった。初めからこれで良いのに何故塗装するのだろう?今回の出会いは木目の上にクリア塗装をしただけのベースだった。1970年代モデルを再現したのだろう。プレシジョンベース。ナチュラルボディ。メイプル指板。この組み合わせのベースを今まで三本手にしてきた。過去の二本は新しいベースに買い替えるために下取りに出した。一本目の下取りで今のサンバーストのアメリカンヴィンテージモデルを、二本目の下取りでくだんの黒の五弦ベースを買い塗装を剥がした。しかし今思うと後悔する。手放したベースはどれも好い音だった。

店員を呼んで早速弾かせてもらった。チューニングメーターも出てこないのはやはり中古量販店だった。しかもつないだアンプはギターアンプだった。重さ、ネック塗装は合格だった。ピックガードは黒だが自分は白が好きだ。これは交換すればよいだろう。が音は貧弱だった。ギターアンプなのだから仕方が無かった。また、ボリュームとトーン、ともにガリがあった。接点復活剤か可変抵抗の変更で済むだろうが、とてもこれがライブハウスで腹にしみる音を出すとは思えなかった。

お望みでしたらベースアンプを持ってきますよ、と言われたが、とりあえずお断りした。外見が良くても音が悪ければ仕方ない。しかしベストなコンディションで鳴らしているわけでもない。ベースアンプにつないで彼女の本来の音を聞いたら危ないと思った。プレシジョンならではの太くて芯のある柔らかい音がもしかしたら出るかもしれなかった。ああ、これ以上ギターを買ってどうする?出番などそうそう回らないぞ、と言う自制の声が頭の中に響いた。

しかし素敵な姿だったなと思った。世の中の美人にすべてなびいていたら自分を見失う。楽器も然り。自分にはすでに何本かのパートナーがいるではないか。何事も、手の届く範囲内でやるべきだと我に返った。全く危ない所だった。

迷った挙句に何もせず。しかし何と美しい姿なのだろう。プレシジョンベース、アッシュ材のナチュラル塗装・メイプル指板。これが揃えばたちまち自分の心は妖しく動くのだ。しかし何本も相手にはできないのだった。