日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

レニングラード攻防戦

小学生のころから自分はミリオタ、つまりミリタリーオタクだった。自分が小学生と言えば1975年まで。当時本屋には太平洋戦争での日本海撃墜王坂井三郎の著作「大空のサムライ」が並んでいた。ドキドキして読んだ。当時の世の中はベトナム戦争が終わる頃だった。写真誌アサヒグラフには戦火の下を逃げ惑う少女や戦争に反対し自らに火をつけて座して死を待つ僧侶の写真などが載っていた。小学生の自分にはショッキングな世界だった。しかし戦闘機や銃器、兵器の持つ魔力に惹かれていた。それは自分が産まれる二十年前に終わっていた太平洋戦争と欧州での第二次世界大戦にフォーカスされていた。

欧州の戦いは自分には興味深かった。戦後の米軍教育の影響だろうか、書籍などでは自分は連合軍を応援していた。日本軍が参加した太平洋戦争や中国東アジア戦線は心が複雑だった。しかし欧州戦線はやや他人事だった。連合軍の活躍する書籍を読み漁った。中学生だった。米・英軍とドイツ軍の戦史に興味があった。実際自分が欧州に出張し、転勤するとそんな激戦の地ばかりを見て回った。上陸作戦のノルマンディはオマハビーチ、マーケット・ガーデン作戦のオランダ・アーンネム、バルジの戦いのベルギーはバストーニュ。ライン川渡河を連合軍が成功させたドイツのレマゲン鉄橋。数知れない。いずれの地でも激戦があったがやはり実戦の地は単なるミリオタでも感ずるものがあるのだった。

書籍でしか接しえない第二次世界大戦の戦跡もある。ドイツ軍とロシア軍の対戦だった。ドイツ側からはバルバロッサ作戦と呼ばれている。東部戦線。旧ソ連との国境約2900mに沿ってソ連に侵攻し主要都市をそしてモスクワを支配するというドイツ軍の作戦は冬将軍と呼ばれるロシアの過酷な冬や伸びきった前線への兵站路の断絶によりドイツ軍の敗北に終わる。そこからソ連軍は巻き返しポーランドを越えベルリン陥落に至る。ベルリンの東西の壁の歴史はここが起点だ。正直ソ連軍には兵器にも戦術にも興味が無かったので自分はこのあたりの戦史にはあまり関心がわかなかった。しかしレニングラード(現サンクトペテルブルク)やキエフ(現ウクライナのキーウ)あたりでの大激戦は戦いと言う悲劇を越えて自分は魅了された。

レニングラード攻防戦はそれだけで一冊の本になる。そんな書籍がかつて出版されていたように記憶する。ドイツ軍の包囲網の中で作曲された曲がある。ドミトリー・ショスタコーヴィチ交響曲第七番・通称「レニングラード」。

ソ連が生んだショスタコーヴィチは今では二十世紀最大の交響曲作曲家の一人という評価が定着しているようだ。二十世紀なのでもはやクラシック音楽とは呼べないのかもしれない。十八世紀・十九世紀のドイツ音楽ばかり聴いていた自分にはロシアの二十世紀の音楽など縁が遠かった。しかし名だたる作曲家を追っているとどうしても彼に至る。ソ連の音楽だろう、興味ないなという思いを払い去ろうと思ったのはやはり自分の年齢かもしれなかった。知らないことに触れるべきだと思ったのだろう。

ショスタコーヴィチは1925年から1971年の間に全十五曲の交響曲を残したという。どうやら有名どころは五番(1937年)、七番(1941年)、十番(1953年)辺りらしい。まず十番を聞いた。五番を聞いた。そして七番を聞いた。正直自分はとても驚いた。どれもがこれまで聴いてきた音楽とは異質の興奮を与えてくれた。まず聞き手に強い緊張を強いる。緊張の果てに恍惚があることを自分達は知っている。ドイツ音楽で聴く甘美な濃厚さとは無縁だった。ロシアのリズム、そして物悲しさ、畳みかける音が心にしみる。七番の第一楽章は一方的なリズムの繰り返しでどんどん盛り上げていく。聞いていてこれはラヴェルボレロの手法だと思った。そしてチャイコフスキー第五番のモチーフも取り入れていることに気づいた。古今東西の技術を取り入れていた。音作りとしても飽きさせない。木琴やピアノも入っているように思う。猛烈なリズムに聞いている方は気が遠くなった。十番など聞いたことのないようなコードの展開と畳みかけるようなフレーズでリスナーを金縛りにさせる。

迫りくるドイツ軍の砲火に包まれた街の中で作曲された交響曲。しかしこの曲はドイツのファシズムに対してばかりではなく母国ソ連スターリンファシズムにも反抗した音楽と言われている。音楽の持つエネルギーが如何に強烈なものかを教えてくれる。

さて自分は彼の十五曲を、そして他にも数多ある傑作と呼ばれる作品まで聴けるのだろうか?ドイツとソ連のバルバロッサ作戦よろしくヨーロッパでもそして中東でも今も戦火も絶えない。レニングラード攻防の戦火の中で作曲されたという作品がこれほど強いエネルギーを持っているのは何故だろう。音楽があれば戦争はもしかしたら早期に終わるのではないかと思う。間違えなく音楽にはそんな力があるだろう。

音楽の持つ力・エネルギーに圧倒された。世の中の不幸も吹き飛ばぬかと思う。