日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

図書の旅23 カラヤン幻論 裄野 條

カラヤン幻論 裄野 條(ゆきのじょう) アルファベータ 2013年

自分が初めて自ら欲しくて手にレコード。小学校1,2年の頃だ。それは資生堂のテレビコマーシャルで流れていた壮大で優美な曲だった。どうしてもそれが欲しくてレコード店に行った。その店でうろ覚えのメロディーを口ずさみ、これが欲しいと伝えた。そして手にしたのだった。そのレコードジャケットは指揮者とピアニストが打ち合わせしているような風景写真で、中開きにはその指揮者のポートレートがあった。ギリシャ彫刻のようで格好よかった。

それが指揮者カラヤンだった。曲はチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番。ピアノはリヒテルウィーン交響楽団の演奏だ。この演奏は今でもこの曲の定番として挙げられる。ホルンで始まる雄大な冒頭旋律は誰もが無意識に耳にしているだろう。

クラシック音楽が自分に取り最初の音楽だったが、その後は姉の影響を受け歌謡曲。中学生ではフォークやポップス。そして中学後半から洋楽へ。ロックそして後年ソウルに出会う。クラシックには大学生の終わり頃に自然に回帰した。初めての指揮者はカラヤンだった訳だが何故か余り聞かなかった。本でこんな書き方がされていたからだ。カラヤンは「手だての手兵ベルリン・フィルを使いどの曲も粘っこく厚化粧にしてしまう」と。それで当時日本でカラヤンと同じほど人気のあったカール・ベームウィーン・フィルの録音で音楽に触れたきた。

レガート気味で演奏するカラヤンの節回しは「角が取れて豪華絢爛」「浅はか」「無駄に味付けが濃い」などとずっと言われている。そう思う録音もあった。しかしそれは本当だろうか?自分は20世紀に間違えなく名を残しクラシック音楽を身近なものにしたカラヤンの何を知っているのだろうか、という疑問があった。そんなときとっておきの著作が目に留まったので、借りた。

書はカラヤンの残した膨大な録音の中から考察のテーマに沿って抽出して検討するという構成だった。作曲家別や彼の原点であるオペラ。全曲録音した曲としなかった曲。スタジオ技術を駆使してまで求めた理想の音楽の追求、など。その中で特に面白い切り口が何点かあった。

・ジャケット写真が物語るもの:
カラヤンは演奏を映像に多く残した。マルチメディアを駆使した最初の指揮者だ。映像のみならずレコードのジャケットにもこだわった。言ってみれば自己顕示欲が強い。それも自分の横顔に拘る。確かにギリシャ彫刻のようなルックスなのでそれもわかる。そんなジャケットの写真から見ていくカラヤンの音楽と立ち位置の変遷についての考察はなかなか楽しかった。自分が手にしたチャイコフスキーもこの考察に上がっていた。共演者リヒテルは1962年当時、鉄のカーテンの向こう側にいた。彼は当時のソ連の誇る超絶技巧ピアニストだった。そんなリヒテルとの共演で、ジャケット写真ではどんな会話だろうか。東西の俊英が火花を散らすように曲の解釈について論議を交わしているようにも見える。しかし1975年当時14歳と言う若さでデビューした天才少女アンネ・ゾフィー・ムターとのモーツァルトバイオリン協奏曲ではジャケット写真のカラヤンはムターに対して慈父のような笑顔を見せている。ムターは13歳でカラヤンによって見出されたのだからそうなのだろう。このあたりの考察が続く。それは人間・カラヤンの姿だった。

・悟り
カラヤンは70歳を超えてから、様々な作曲家の遺作の録音を始めた、とある。ワグナーのパルジファルモーツァルト魔笛、レクイエム、ヴェルディファルスタッフプッチーニトゥーランドットブルックナーのテデウム、ブラームスドイツ・レクイエム…。彼が70歳を待ったのは何故だろう。ここからは著作者の推論だが、カラヤンは自らの健康を察し70歳まで生きる事は難しいと思っていた。そして目標だった70歳を超え見えてきたものをようやく録音した。自信の集大成として。

今回書を手に取って改めてカラヤンについて何も知らない事に気づき、その録音に触れなかったことを後悔した。彼は膨大な録音を残しそのレパートリーはバロックから現代音楽まで幅広い。自分はせいぜい10枚も持っていないのではないだろうか。カラヤンベルリン・フィルを自分の楽器のように仕立て上げ間違えなく素晴らしい音響世界を作った。しかし、ザビーネ・マイヤーの入団を巡る確執に発端しベルリン・フィルとたもとを分かつ。窮鼠に噛まれたようなものだ。ウィーン・フィルに戻った彼はそこでも多くの「白鳥の歌」を残す。晩年は寂しかったのではないだろうか。しかしそんなところにも人間らしさを感じるのだ。

カラヤンは1989年に81歳で逝去した。しかし多くの作品が今も今後も彼を取り囲む。何とも素晴らしい話だと思う。自分がやるべきことは彼の録音に触れていく事だろう。ドイツ・オーストリア・フランスの音楽で、シンフォニー・コンチェルト・宗教曲しか聴いてこなかった自分には幸いな事に未知の世界が多い。イタリアやロシア、現代音楽・・。沢山ある。カラヤンはそんな未知の世界への格好の道しるべとなるだろう。

ざっとCD棚を見たがカラヤンのCDは少なかった。しかし6枚のはずはない。ワグナー、マーラーベルリオーズチャイコフスキー。あったはずだ。部屋の整理でCDを減らそうとした時期がありMP3でPCに保存したら片っ端から売ってしまった。その中に入っていたとしたら何とももったいない。

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