日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

贅沢な泥棒・放送局オーケストラNDRとNHK

世にオーケストラは沢山ある。名高いウィーン・フィルやシュターツカペレ・ドレスデンなどは歌劇場の専属オーケストラ。ウィーン・フィルと双璧をなすベルリン・フィル、そしてライプツィヒ・ゲヴァントハウスなどは自主運営のオーケストラ。そして更には放送局専属のオーケストラもある。

放送局のオーケストラ、ドイツには有名どころがならぶ。北ドイツ、バイエルン・・。日本だとNHK交響楽団だろう。たまたまだがそんな放送局系のオーケストラの演奏会に続けて触れることが出来た。晩秋と初冬の、それぞれ素晴らしい夕べだった。

NDRフィルハーモニー管弦楽団 
2022年11月23日@横浜みなとみらいホール
指揮 アンドリュー・マンゼ
独奏ピアノ ゲオハルト・オピッツ
演目 ピアノ協奏曲第5番「皇帝」、交響曲第7番(ともにベートヴェン)

NDR(北ドイツ放送局)にはハンブルグを拠点とするNDRエルフ交響楽団と、ハノーファーを拠点とするNDRフィルハーモニー管弦楽団の2団体があるようだ。NDRのオーケストラは20年以上前に演奏会を聴いたが今となってはそれがどちらだったのかは憶えていない。指揮はウォルフガング・サヴァリッシュだったか、ヘルベルト・ブロムシュテットだったのか、曖昧だ。演目は(確か)Rシュトラウスドン・ファン、そしてブラームスのピアノ協奏曲第1番で独奏ピアノにはゲオハルト・オピッツだった。ブラームスがとても情熱的でよかった。

NDRとオピッツが来日公演するということでチケットを購入。自分はドイツのオーケストラに弱く、演目がピンとくれば安いチケットを探す。

演目はベートヴェンのピアノ協奏曲5番「皇帝」と交響曲7番。共にクラシックの中では有名な曲だろう。「皇帝」は自分にはやや退屈な曲。もっと好きなピアノ協奏曲はいくらでもある。しかし円熟のオッピツ氏のピアノは煌びやかだった。出来ればブラームスの協奏曲第2番をやってほしかったと言いたいところだった。

交響曲7番は圧巻だった。指揮のアンドリュー・マンゼ氏は見事なタクトだ。躍動感のカタマリとなる終楽章では弦楽隊は渾身のボウイングティンパニは爆発し管は咆哮する。対向配置されていたバイオリン勢が彼の棒の下で、左右にまるで風になびく稲穂の様に一斉に揺れた。

完全燃焼のベト7演奏家も観客も興奮に持ちこんだ。共に聴いていた次女も息を止めて鑑賞していたのが分かった。やられた。

・NHK交響楽団
2022年12月3日@NHKホール
指揮 ファビオ・ルイージ
メゾソプラノ 藤村美穂子
演目 ウェーゼンドンクの五つの唄(ワーグナー)、交響曲第2番(ブルックナー) 

NHK交響楽団はこの一カ月前に井上道義の指揮でマーラーの歌曲とサン・サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」を聞いた。今シーズンから常任指揮者にファビオ・ルイージが就任したので聴いてみたいと思っていた。ルイージ氏の指揮は何度か接してきた。ドレスデンに聴きに行ったのはシュターツカペレドレスデンによるマーラーの「復活」、ウィーンに聴きに行ったのはウィーン交響楽団によるシュトラウスファミリーのワルツ。イタリア人らしく熱気を帯びた指揮が良かった。

今回は好きなブルックナー交響曲が目玉。藤村美穂子の歌曲は見事で、小柄な体からなぜあれだけの声が出るのか、と思うものだった。ルイージブルックナードレスデンと組んだ交響曲9番の演奏が気に入っている。ジュリーニシカゴ交響楽団を振った一枚が一番好きだったが、いまではこちらを聴くほうが多い。録音が新しい事もあるが細部まで丁寧に彫り込まれた感じが良い。

ブルックナーは自己に対する要求レベルが高いのか改編マニアと言われるほどで、作っては改編を繰り返したという。原典版、ハース版、ノヴァーク版、多数の版が存在する。今回の2番は、第一稿ということで聞き馴れたものとは違っていた。顕著な違いは通常は第3楽章が第2楽章になっていることだろう。

第一稿は通常より演奏時間が長いのだろうか。70分近い演奏だった。弦のトレモロで始まる原始霧とも言われる「ブルックナー開始」。演奏がさっと止まり一瞬の間をおいて曲想をがらりと変える「ブルックナー休止」。特徴的な3+2、2+3のリズム「ブルックナー・リズム」、一つの音型が繰り返され盛り上がる「ブルックナー・ゼクエンツ」と、自分を魅了してやまない彼の音楽の特徴をじっくりと味わうことが出来た。

ブルックナーの緩徐楽章は長く深く沈み込むが、つづく第3楽章はブルックナーリズムが前面に出てくるので好い曲想変化となる。しかし今回は第2楽章と入れ替わったので後半はやや自分の中で緊張の糸が切れた。

しかしフィナーレは高い熱量と共に見事に終わり、カーテンコールが長く続いた。オーケストラが退場しても拍手は長く続き、ルイージ氏が一人出てきて胸に手を当ててお辞儀をした。演奏も後味も、とても良かった。

* *

欧州、米州、日本を問わず、どんないわれの楽団でも、プロでもアマチュアでも。オーケストラは素晴らしい。何十人もの「個」が「和」をもって一つのかたまりとなり音楽を紡ぎ出す。音楽を料理する指揮者の意図と、自らも又音楽家でもあるそれぞれの楽器演奏家としての自分。そんな人の集まりの中で造り上げる音楽はまさに鍛錬の上に成立するのだが、それを思えばオーケストラの演奏は奇跡に近い。自分はチケット代を払い、その結果を頂戴しにいくだけだ。…なんという贅沢な泥棒だろう。

二つの演奏会、ともに完全燃焼。贅沢な泥棒は喜びをかみしめる。