日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

待ちきれない演奏会 

アマゾンや楽天で買い物をしていたら自分の購入履歴に応じて、好みだろうと勝手に判じられた商品がサジェストされる。その機能に恐れ入って、驚いて、感心したのももう10年以上前だろうか。SNSでもそれは一般的で、FACEBOOKでも次々とサジェスチョンが色々やってくる。いちいち相手にはしないが、おお、と唸るものもある。クラシック音楽演奏会の案内だ。実際そのルートでチケットを買ったこともある。なかなかスルー出来ない。先日、懐かしいピアニストの演奏会の案内が画面に現れた。

ゲルハルト・オピッツを独奏ピアノに迎えたNDR(北ドイツ管弦楽団)の演奏会の案内だった。このコンビはもう20年、いや25年以上前に見に行ったことがある。サントリーホールだっただろうか。指揮はたしかウォルフガング・サヴァリッシュだった。なによりも演目が良かった。ブラームスのピアノ協奏曲第1番を主軸に置いたドイツモノのプログラム。もう一曲はリヒャルトシュトラウスドン・ファン辺りだったかもしれない。

NDRはドイツらしい良い響きだった。サバリッシュとの相性も良かったのだろう。恥ずかしながらソリストのオピッツ氏の事はあまり知らずに聴きに行った演奏会。しかし、このブラームスはとても良かった。ブラームスの協奏曲第1番はやはり透徹した、強い打鍵で聴きたい。CDで聴いていた演奏がそれだからたったかろう。鋼鉄のピアニストと言われたソ連の名ピアニスト、エミール・ギレリスを独奏に迎え、オイゲン・ヨッフムベルリンフィルを振ったCDだった。ブラームスのピアノ協奏曲は2番のほうがより晦渋で規模も大きく好きなのだが、1番での終楽章の畳みかける打鍵の迫力は枯淡の境地ともいえる2番にはないものだ。初めて聞いたものが印象に残るもので、その後に触れたゼルキン・セル・クリーブラント管弦楽団の録音も、ポリーニベームウィーンフィルの演奏も、素晴らしかった。いずれも今も愛聴版だが、ギレリスが原点になってしまう。

演奏会で初めて聞くピアニストの打鍵もはがねのようで、響きも透明だった。「打たれた」とはこのようなことを言うのだと思った。

この演奏会は、会社の同僚の女の子と聞きにいった。妻はあまりクラシック音楽が好みではなくあまり演奏会を共に聞きに出かけた記憶もない。しかしこの女性は音楽全般において自分との好みがバッチリあった。エリック・クラプトンのライブを一緒に見に行ったこともある。ブラームスとクラプトン。その二つで円を描いて、両方の円が交わる部分は狭いだろう。そこにはまったというのも稀有な女性だった。 

彼女はオピッツ氏を好きなようでいろいろ詳しかった。なによりもブラームスが好きというところが嬉しかった。

ブラームスのピアノ協奏曲1番は、その後の2番に比べ、暗くて憂鬱なロマンが溢れる。その溢れ方が激情的なのが特徴だろうか。文献などを見るとこの頃ブラームスは恩人であったロベルト・シューマンが世を去り、その妻、クララ・シューマンへの恋慕が募っていたという。そんな思いと闘うように、ロマンとパッションが強烈にぶつかり合うのが第三楽章。ピアニストにとっても技巧的に難しいという。

その第三楽章で、隣に座った彼女は身動きせずに聴きこんでいた。聞く人を釘付けにするほどの演奏だった。

その後彼女は会社を辞め、自分の夢を求めて「調律師」を目指した。ピアノに、オーケストラに、そしてブルースロックさえにもあれほどのめり込んでいたのだから、今は素敵な、その世界では有名な調律師になっていることだろう、と想像している。

SNSで配信されてきた懐かしのピアニストの演奏会の案内に、指が止まった。独奏ピアノはゲルハルト・オピッツ。オケはNDR。指揮者はアンドリュー・マンゼ。演目も申し分なかった。ベートヴェンか。余り好みではない。しかし協奏曲は5番「皇帝」、そして交響曲は「7番」ときた。いずれも超が付く有名曲。予習のいらない楽曲だ。聴かない訳にはいかないだろう。

迷うことなく反射的に11月の演奏会のチケットを2枚買った。2枚。家内と行くか、クラシック音楽の好きな次女と行くか。その時の話だ。

きらびやかなピアノが、あの懐かしい輝く硬質の音がオピッツ氏によって奏でられるのだろうと思うと楽しみで仕方がない。円熟のピアノに接するのは30年ぶりと言うことになる。ドイツの香りと音がコンサートホールに満ち溢れると考えただけで気が遠くなる。「名調律師」さんも、きっとそのホールに居るのではないかもしれない。

待ち遠しくて仕方がない。いつでも、素敵な音楽の前には、ただ陶酔し、畏敬の念も持ち、ひれ伏してしまう。

PS
動画サイトへのリンクはこちらがあった。
ピアノ:マウリツィオ・ポリーニ、指揮:クリスティアンティーレマン、オケ:シュターツカペレ・ドレスデン(SKD)。名匠ポリーニ。そしてドイツ人の正統派ティーレマンと、我が憧れのSKD。超絶技巧とそれを引き出すアツい指揮、堂々と応える名門オーケストラ。映像を像見ているだけで、涙が出てくる。 https://www.youtube.com/watch?v=1jB_6fpYY3o

FBからの色々なサジェスチョンは面倒くさいの一言。しかしお世話になることもあるのだ。オピッツ氏の演奏でベートヴェンか。楽しみだ。