日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

全く、厳しい

動画サイトのお陰でさまざまな素敵な映像との出会いがある。

オーケストラの練習を延々とやる動画などは、好きな人には興味あるだろう。音楽評論家・吉田秀和の著作に自身のヨーロッパ滞在時期の記憶として書かれた一文があり、古びた文庫を引っ張り出した。「滞在時にテレビでシューベルトハ長調交響曲の「リハーサルの映像」と「本番映像」を二日に分けて演奏する番組がありとても楽しめた。「考える人間としての大人のための番組」であった。」そんなことを書いていた。当時の自国のテレビ番組の質を揶揄していたのかもしれないが、実際にネットで触れることのできるオーケストラの練習映像は飽きない。

演奏会では淀みなく演奏される曲も、細かい事の積み重ね。それがわかるのが楽しい。それはそうだろう。何十人ものオーケストラと弦、管、打楽器と異なるパートをまとめていき、カタチを作るのだから。

感心を通り越して畏敬を覚えさせる映像があった。カール・ベームだ。演目はリヒャルト・シュトラウスの「ドン・ファン」。ベームベルリン・フィルと残した同曲の演奏は自分にとっても大切な一枚だが、この練習映像はウィーン・フィルと組んだものだ。

数小節ごとに都度タクトを止める。愛想のない不機嫌そうな顔をして、細かいことを指摘していく。

「三連符はきちんとダウンビートで、もっとピチカートを!」
「いやいや、もっと少しづつ進めよう。さもなくば時間がかかる。」
トロンボーンはパリパリとしたフォルテを出してほしい。そしてクレシェンド。第3トランペットはブロードなフォルテで。」
「シュスターさん、楽譜では「木のスティックで」とある。しかしノーマルのスティックでやっていて音が冴えない。Bにうつる5小節前だ。」
「第3トランペットが不十分だ。設定が低いからだ。Aからまた始めよう」
「出音はダイナミックだったが早すぎる。」
「ここまではエクセレントだ。三連符がいつもアップビートでやっている。正確にダウンビートで。そこがとても重要なんだ」
「ハープはもっと目立ってほしい。テーマをより透明に弾いてほしい」

こんな具合に、ガミガミ声で指摘する。吉田秀和の著作によれば、ベームオーストリアはウィーンの南西の街グラーツの出身で訛りがひどかったという。それで容赦なく楽団に檄を飛ばすのだから楽団員も確かにたまらないだろう。今でいえばパワハラレベルかもしれない。ウィーンフィルのメンツがここまで絞られるとは思いもしなかった。特に名指しで指摘された第三トランペット奏者はうーんと首をかしげる

リハは数小節ごとに停止するが、確かに指摘事項が反映されていくと曲が変わっていくのが素人の耳でもわかる。マクロを把握してミクロを詰める、ではなくミクロを積みあげてマクロにまとめる。そんな事だろうか。

ベーム翁は渾身の力でタクトを振り、欲しいフレーズを「歌う」。唸っていると言うべきかもしれぬ。練習は、全く厳しい。

こんな風景はしかし、自分にもわかる。バンドの練習で自分のパートではよくある話。ドラマーからキメのタイミングのずれを言われる。良かれと思いオリジナリティでスタッカート気味にすると原曲通りに伸ばしてほしい。と言われる。ギター陣からはそもそもコピーしているメロディが違うだろう、とも指摘される。いずれももっともな話だ。指摘された内容はとても初歩的で恥ずかしいものばかりだ。自分流にやるのはしっかりコピーしたうえでの話だろう。

カール・ベームウィーン・フィルの名誉指揮者に任じられて1981年に世を去った。彼がウィーン・フィルで、ベルリン・フィルで残した作品群に触れることが出来るのは幸せだ。実際自分のコレクション、モーツァルトシューベルトブラームスブルックナー。このあたりはベームの録音で最初に触れて、いまも不動の場所にある。これらの総ての録音の裏にはあの重箱の隅をつつくような指摘が繰り返されて、壮大な音の絵巻に至ったかと思うと感慨深いものがある。

指揮者のタイプによってはポイントのみを押さえて後はオーケストラの自発性を引き出すタイプもあるだろう。色々だ。そんな光景に触れると、指揮者の人間性にも触れるような気がする。結局は音楽も人が奏でるもの、集合で奏でるもの。人同士での信頼関係が出来てくると、コミュニケーションも容易になるのだろう。オーケストラやバンドだけではない。ソサエティで、より小さなコミュニティやもしかしたら夫婦間でも、共通の話かもしれない。

コミュニケーションが一番大切。話を聞き、自分を語る。わかってはいるが、さて自分はこれからどう人様と交わればよいのか、と思うと頭をひねってしまう。


・参考図書:「世界の指揮者(新潮社文庫)」「ヨーロッパの響・ヨーロッパの姿(中公文庫)」ともに吉田秀和著。

・関連映像はこちら。
カール・ベーム指揮 Rシュトラウス ドンファン https://www.youtube.com/watch?v=SKqPrtLLHLQ&t=213s 

カール・ベーム以外にも、敬愛するクライバージュリーニのリハーサルサイトも面白い。いずれも彼らの自家薬籠中の曲だ。
カルロス・クライバー指揮 ヨハン・シュトラウス 歌劇こうもり序曲 https://www.youtube.com/watch?v=NVk2Glu-7kM&t=1808s 
金管にリクエストあります・・・」
「ここはもっと軽めに、より透明に」

カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 ブルックナー交響曲第9番 https://www.youtube.com/watch?v=hPTIoYMaqJ4&t=289s
「第2、第3トランペットにお願いがあります」

20代に熱中して読んだ本。自分の嗜好を決めるのに影響を与えてくれた。