日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

夢の国への招待状

吹奏楽の演奏会でホールに出かけた。県下でも有数の素晴らしい音響のホールだという。自分も何度も足を運んだいる。NHK交響楽団はここでも聴いた。NDR北ドイツ放送交響楽団もここだった。

サントリーホール、ミューザシンフォニーホール、昭和音大ホール、NHKホール、水戸芸術館・・・。いずれも自分には素晴らしいオーケストラホールだった。ヨーロッパ生活では数十ユーロの安いチケットで毎月のように通っていたパリのシャンゼリゼ劇場とサル・プレイエル。ドイツでは一度だけ行ったドレスデンのゼンパ・オーパーは印象深い。しかしやはりウィーンのムジークフェラインザールだろう。ウィーン楽友協会ホールだ。毎年正月のウィーンフィルニューイヤーコンサートでおなじみの黄金のホール。そこで聴いた楽団はウィーン交響楽団でローゼン・モンタークを祝う演奏会だった。このホールに居ること自体が夢に思えた。歴史あるホールは蒼古たる響きに溢れるのだ。

パリの二つのホールは常駐のフランス国立管弦楽団とパリ管弦楽団がそれぞれ中心になるが客演も多かった。ドイツからオランダからイギリスから。名だたるオーケストラが来ていた。いくつもの有名なオーケストラの音に触れられたのは素敵な経験だったと思う。

自分のライブラリの音源はウィーンフィル、そしてシュターツカペレ・ドレスデンが多いはずだ。双方で7割程度ではないか。どちらも一番好きなのだから贔屓もある。暇つぶしに自分のCDライブラリを頭の中でオケ別で整理した。シェア調査だ。ウィーンフィル圧勝かと思えば30%に過ぎなかった。シュターツカペレドレスデンベルリン・フィルがそれに続いて20%弱程度。カラヤンをあまり聞かなかった割にベルリンフィルの録音を持っているのは、そこはやはり名門、様々な指揮者の録音があるからだろう。その次はなんとアメリカのオーケストラだった。クリーブランド管弦楽団が15%程度だった。ロンドン交響楽団、シューターツカペレ・ベルリン、ライプツィヒゲヴァントハウス、アムステルダム・コンセルトヘボウ、バイエルン放送交響楽団シカゴ交響楽団ボストン交響楽団あたりのシェアはどんぐりの背比べだった。好きな音楽が独墺系に偏っていて、好きな指揮者も又偏っているからこうなってしまう。指揮者としてはベームクライバーヨッフム、スイトナー、ジュリーニあたりで選んできたのだから。クリーブランドが多いのはひとえにジョージ・セルに惹かれていたからだった。「戦火と弾圧のヨーロッパから北米に逃れ、クリーブランドのオーケストラのアンサンブルを徹底的に鍛え直して同オケを全米ビッグ5に育てあげた」そんな解説が常に彼にはつきまとう。その但し書きに惹かれているのは知っている。

では自分の耳にそんな違いが本当に聴き分けられるかと言うと残念ながら大いに疑問だ。録音年代の違いは別とすると、レガートだからカラヤンか?厳格だからベームなのか、唄うからジュリーニなのか、華麗だからクライバーなのか、緻密だからセルなのか。強いて言えばカラヤン節は分かるかもしれないが、本当だろうか? 試しに目隠ししてヘッドフォンをかけ適当に再生してはて、オケと指揮者が聞き分けられるのか。これはやってみる価値がある。多分まともに当たらないだろう。ファンを自認する自分でもこうなのだ。結局ネームバリューがありがたさを産んでいるのではないか、などと夢の無いことを考えてしまう。

吹奏楽演奏会のホールの棚には次回のチラシがいつものように並んでいる。その一枚の吸引力に吸い込まれてしまった。それはウィーン・フィルの10月の演奏会のチラシだった。フランツ・ウェルザー・メストが振る。そしてピアノのソリストにはラン・ランがやってくる。またとない機会でもある。独墺系プログラムではないがサン・サーンスにドボルザークとは悪くない。チケット代も4万円から2万円とお高い。ヨーロッパで聴く値段の数倍はするが遠い国まで来てくれるのだから仕方がない。好きだった時代のコンサートマスター、ゲルハルト・ヘッツェルは物故されライナー・キッヘルは引退した。ウォルフガング・ヘルツァーももうチェロを弾いていない。しかしウィーンフィルは自分はいつもやはり別格だ。たとえ目隠しヘッドフォンで聴き当てられないにせよ。

シノーポリ、メータ、ムーティティーレマンの棒の下、何度か会場で聴いてきたウィーンフィル。今度はメストだ。チケット値段が気になる。悩みどころだ。

いつまでも悩ませてくれる夢の国への招待状。手にするかは決めていない。しかしそんなワクワクする心を自分に与えて続けてくれること自体が素晴らしい。

招待状がある。聴く聴かぬは自由。音楽はいつも自分を夢の国へ誘う。