日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

調整の美学

なにもそれが美しいからではない。その本質を見極めようとしているわけでもない。そうしなければならないから、微細に調整するのだった。自分にも何処かで似た風景があったなと考える。思い出した。リニアアンプの調整だった。リニアアンプと言ってもオーディオのアンプではなくアマチュア無線機のアンプだった。自分で作った出力1Wのトランシーバーの出力を増やそうと増幅回路を作り調整していた。出力5W程度を目指した。回路は文献を参考にしパーツは秋葉原で入手した。

一通り組んで調整するのだが、出力を最大に持っていくには出力フィルタ段に組み込んだパイ型フィルタのトリマーコンデンサーを調節する。終端電力系をつないで出力を測る。最大になるようにトリマーコンデンサーを高周波ドライバーで回す。このあたりが微細だった。調子余って増幅素子であるトランジスタを飛ばしてしまうとやり直しだ。それは避けたい。良い折衷点があるはずだ。そおっと、吸い込んだ息を吐かずに調整するのだった。

そんな懐かしい緊張感に包まれた試行錯誤が目の前にあった。馴染みの自転車屋さんの店先だった。仕事の行きがけに見かけた作業を5時間後の帰路にもまた見かけた。それは自転車のホイルの調整だった。もしかしたらずっとそれをやっていたのではなくたまたまかもしれないが、何度も調整を繰り返すご主人の後ろ姿は自分にそう思わせた。

彼と世間話をし、自転車整備のノウハウを教わるのが楽しみだった。忙しいので邪魔は出来ない。多忙な時は遠慮する。しかし夜遅くまで灯りの下で自転車と言うメカのカタマリを触っている彼は余りにも職人で魅力的だった。それは僕は自転車が好きなのではなく彼が好きなのだろうか、と思わせるほどだった。今日も自分が近づいても気づかれなかった。話しかけるタイミングを見て声をかける。

専用治具を用いてご主人はスポークを一本一本回しながらホイールを回してはブレが無いか、アタリがないかを調べていた。回転方向に90度であてがっている金属バーにホイルががりがりとこすれるとまた調整だ。果ての無い作業に思えた。縦と横のブレを見るという。治具に乗っているホイールは自分の乗るスポーツサイクルの650Aの、700Cのホイルでもなく軽快車のホイルでもない。小径車?と聞くとあれですよ、と指してくれた。最近よく見る電動自転車でもタイヤの小さなものだった。長いホイールベースで安定性を担保しつつ小さなタイヤで無理ない範囲で全体高をさげるという設計の車だった。

「昔からのものやアラヤなら、国産のリムならこんなことはないんですけどね・・中国製は。」と言われるが、それも仕方ないのだろう。今はそんな自転車ばかりなのだから。彼の店では素性のしっかりした自転車しか売らないが調整は量販店やネットで買われたものも対応しているから苦労はひとしおの様だった。「イシイさん、腕が冴えますね」。というと早く直さないとお客様は困るからね、と言われた。

イシイさんの作業を見て思うのだった。彼はこれが好きなのだなぁと。いや、それよりも壊れた個所を直して安全な状態で自転車を仕立て直す。そしてお客様が試し乗りをして、良くなった!軽くなった!と言われる、その喜びと誇りが彼の源なのだろうと。彼は自分と同じ時期に、自分と同じように体調を崩され入院されていた。ゆっくりと回復をさせながら仕事をされる一回り近く年上のアルチザンは、とても魅力的だ。

無駄話は彼の邪魔になるだけだった。おやすみなさいと言い店を離れてふと思った。今日は何かをお渡ししようとコンビニで冷たい缶コーヒーと野菜ジュースを買ってお店に戻りお渡しした。「いつもすみません」と言われるが、負担に思われたくないので滅多に買わないのだ。今日は調整の美学を見せてくれた。これでは不十分なお礼だが、暑い夏の夜の作業に、水分補給になってくれたらと思った。つぎは空気が澄んだ時期に暖かい飲み物だ。

夜間までホイールのブレ取りを専用治具でやられている。カスレがあればブレている。ニップル回しでスポークを調整していく。果ての無い仕事にも見えるが何処かに折衷点がある。アルチザンをそこまで導くのはお客様の笑顔だろう

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