日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

抜けた空気

ゴムで出来たタイヤを持つ乗り物で一番最初に乗るものは自転車だろう。初めは補助輪をつけていたがそれが片側になる。初めてバランスを取れた時は嬉しかった。そしてオートバイ。原付で始まって中型バイク。そして自動車。

自転車は子供時代をさておくとMTB、ロード、ランドナー。5台乗ってきた。エンジン付きになるとバイクは原付が1台、中型が4台。車は7台。自転車のパンクは数知れず経験してきた。エンジン付きの乗り物ではパンクを経験したことが無い。一度だけバイクのタイヤに釘が刺さったがチューブレスタイヤで走行に問題はなく簡単に補修できた。車でのパンクは一度も経験がない。いつしか車のタイヤはパンクしないものだ、と思っていたのかもしれない。

コインパーキングに駐車しようとした。車止めの回転フラップを動かすモーターが内蔵されている金属箱がフラップの端にあるのだが、どうやらそこにタイヤをこすってしまったのかもしれない。プスと音がして車は頓挫した。左前輪がペタンコになっていた。四駆なのでなんとかフラップを越えて車道に戻るのだが一輪が死んでいると車はまともに走れないと知った。

ロードサービスは1時間弱で駆けつけてくれた。ハザードランプを消し忘れてしまい放電して動けなくなったのは数日前だった。全く恥ずかしいのだがその時と同じ隊員さんがやってきた。この車も含め今の乗用車の多くは軽量化の為にスペアタイヤは積んでいない、そう隊員は言われた。恥ずかしながらそんなことも知らなかった。タイヤショップ迄レッカーかと思いきやレッカー車には4種類のタイヤが載っていた。その一本がピタリだった。とりあえずそれを履いて、タイヤ交換をしたら返却するという。ありがたかった。

タイヤを見ると5センチほど側面に断裂が入っており、パンク修理も出来ないことは直ぐに理解した。予定外の出費が確定した。

なぜバーストしたのか。直接の原因は金属製のモーターのケースをタイヤの側面でこすったからだろう。何故そんな運転をしたかと言うと、慢心につきるだろう。

日常の動作は体が覚えている。病にでもかからない限りそれは思考回路を経由せずに行われている。車の運転もそれに近い。しかし車に関しては何かがあれば他者を巻きこんでしまう。高速道路の逆走など、困ったもんだと半ばあきれて見ているが、はて自分はどうなるのか。国道に面したハンバーガー店に時々行くが駐車場から出る時に、良いタイミングを探るべく左右側を見て進行してくる車の有無は確認する。が、なんと左側の歩道を歩いてくる人や自転車に気づかないことが増えた。これも慢心だろう。バスや鉄道乗務員に欠かせない指指喚呼は大切だ。

破れたタイヤ。抜けた空気。傷痕を前に思うのはこれから衰えてくるだろう認知力、判断能力と慢心との戦いなのか。寂しい話だが、現実だろう。

裂けたタイヤ。抜けた空気。これから何が待っているのだろう。

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