日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

相棒みがき

コロナにかかり10日間の外出禁止。最初の3日で熱も下がり、あと一週間は何をしよう。読みかけていた本をよんだり、書きかけていたものを書き足したり。しかし納期も何もない、縛りが無いと人間ここまで堕落できるのか、といった具合に怠惰になる。家の中に居続けるのは、脳の活動もやんでしまう。座敷牢とは良く言ったものだ。

ああ、いい機会だと、2台の相棒を磨くこととした。パリの「売ります買います掲示板」で手に入れた80年代ロードバイクはその時点でリムもパーツ類も錆びておりフレームは塗装も剥げて傷だらけだった。もう一方のランドナーは帰国してから新たに作ったものだ。しかし、両相棒共に車に積み、輪行袋に入れて鉄道に載せ、とサイクリングを重ねるにつれいずれも光輝を失ってしまった。あまつさえランドナーは電車に詰め込むことが多くフレームに傷もつく。ミリタリービークルの様なダークグリーンにメタリックを混ぜた塗装で仕上げてもらったが、いつしか傷だらけだ。「傷は旅する自転車の勲章」とは、ランドナー乗りなら誰しも思っている事だろうか。しかし、実は勲章などなくてピカピカのままのほうが良いのだ。

コロナで想定外の自由時間が転がり込んできたので、せめての罪滅ぼしに、とウェスを出しピカールを取り出し、相棒の汚れとサビ落とし。フレームは埃と油汚れをふき取り、傷はタッチアップペンで上塗りをした。

入手していた時点でもうそれなりの車歴を感じさせていたロードバイク。ギア比を自分の足に合うようにフロントギアを交換し、リアのスプロケも交換した。しかしランドナーは新たに作ったもので、その前に乗っていた市販品ランドナーやシクロフレームのツーリング車で感じていたすべての「気に入った点」や「こうあればなぁ」といった希望をこの一台に織り込んだものだった。

磨いていると色々な事を思い出す。ランドナーは1970年代までのフランスの「小旅行車」がベースとなっている。ルネ・エルスとアレックス・サンジェ。パリ近郊のこの二大工房の造り上げる美しいハンドメイド自転車が日本人の心を捉えたのはよくわかる。それを日本に取り入れて、お得意のクラフトマンスピリッツで独特な分野に昇華したものが日本では「ランドナー」と言われている。だから、昨今のネットなどで、およそフランスの匂いすの感じられない、アルミフレームの頑丈な自転車にそういう名称がついていることに大きな違和感を感じ、ため息をつくのだ。

当然のごとくランドナーにとり憑かれた人は、出来るだけ当時のフランス部品を自分の車に使いたがる。知る人ぞ知るマニアックな自転車店(それは単なる古物商とも言えるかもしれない)や愛好者同市の集うフリマ、そしてネット。そんなところでパーツを仕入れて、ああ、これが自分の自転車に付くんだ!と悦に入るのだから、やはりマニアとはいかなる分野でも他人の共感は得られまい。

ランドナーを作るにあたり自分のコンセプトは、「当時の雰囲気(フランス車を模した70年代の日本製ランドナー)を残した外見のままで走行系は現代パーツでストレスなく走れる車」だった。以前に手に入れていたフランス部品はノルマンディのラージフランジの前ハブ。あとは国産で行こうと思ったのだ。しかしクイックは悩んだ。クイックは意外に目立つパーツで、今風のデザインは浮いてしまう。それに今も昔も簡単な構造のままで大きな技術革新もないのだろう。

パリで仕入れたロードバイクにはサンプレ(Simplex)のクイックが付いていた。一見カンパのクイックと同様のデザインだ。ランドナーにつける憧れのフレンチパーツは「これだ!」と思い、サンプレのクイックをネットで探した。前輪用と後輪用。それぞれ手に入ったが、計画していた130㎜幅の後輪エンドに合うクイックなど、当時のフランス製品にあるわけない。入手したのは126㎜リアエンド用のクイックだった。フレーム発注の前だったのでリアエンド幅の変更も可能ではあったが、もともと8速のカセットを入れることを前提に決めていたので、本末転倒となる。「まぁ、ぎりぎり対応できるでしょう」とは自転車屋さん。

かなり錆びていたクイックだったが大切なワンセットだ。ピカールで磨いて自転車屋さんに渡した。

そんな、愛着のあるクイックも、毎回の輪行での手垢にまみれ、錆も浮いていた。ピカールを多めに古い歯ブラシにとりサビと油汚れを擦り落した。しかし長年の汚れはそうも簡単には落ちてくれない。

カンパのクイックをデッドコピーしたのか、どちらが先なのか、自分には知りようもない。しかし浮き上がるSIMPLEXのロゴを見れば見るほど、素敵なデザインだと思う。爪切りの「やすり」のような階段加工が、上手く指先に馴染むのだ。

我がランドナー。寸足らずのリア・クイックも何の違和感なく働いてくれている。それに自分の輪行スタイルではリアホイルは外さないのだから、心配もないだろう。

自転車のパーツは何故磨く必要があるのだろう。具合の悪い箇所の早期発見。それもある。しかし、単にサイクリストは自転車が好きなだけだ。一つ一つのパーツに愛着があるのだから、仕方ない。リムも泥除けも、ステムもスポークもシートピラーも、光れば光るに越したことはない。だから沢山磨いてあげるのだ。

ぴかぴか光る愛車を見ていると、次に旅心がやってくる。もう抑えようもなくやってくる。ルート計画はサイクリストの頭にはいくらでもストックされているのだから、その中の一本をきままに引っ張り出せばよいだけだ。選んだルートによって、ランドナーなのかフレンチロードなのか、旅の相棒も決まってくる。

ぴかぴかと怪しい光を放つモノには近づかないほうがよさそうだな。まず、あまり光らないように、磨くのも適当にすべきだな。なにせ総ては全くうまく連携が取れていて、こちらは簡単に、コロリとやられてしまうのだから。

SIMPLEX(サンプレ)のクイック・リリースはレバー側はカンパニョーロと同じデザインですが、かたやフレンチ、かたやイタリアン。いずれにも根強いファンがいますね。自分はフランス派です。上はランドナー、下は80年代フレンチロード。古いクイックですが、しっかり仕事をしてくれるのです。あまり磨くと、再び旅に出たくなるので、「ほどほどに」しておきましょう。

右:フレンチランドナー(80年代フランス製プジョー)、左:東叡ランドナー。スペックも性格も異なる2台だが、共に欠かせぬ旅の相棒だ。