日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

ショルダーバッグ

「縫えたよ、これでいいでしょ。」

そう言いながら妻はとても嬉しそうだった。実際このショルダーバッグをこれまで一番使っていたのは彼女だった。グレーのコットン生地のそれはバッグというよりサコッシュ、いや、頭陀袋だった。深さはあまりなく前後の幅は五十センチ程度だろう。周囲にはマチもなく、側面に芯が入っているわけでもない。左右の端がそのまま肩紐になっていた。カンガルーのお腹の袋に近いだろう、スイカがそのまま、雑貨も沢山入りそうだ。そう、いかなる形のものも入るのだった。

それは犬を抱えて入れる肩掛け袋だった。グレーの外袋に青白のチェック柄の内布が縫い重ねられている。実際肌触りも良く昼寝などいくらでも出来そうだった。仰向けにならばハンモックの如しなのだろう。足を畳んで身を丸めても、前足と頭を出しても収まりが良かった。どんな姿勢でも自身の身体がすっぽり収まる袋は安心するのだろう。我が家の犬のお気に入りだった。

彼との外出用に買ったのだった。中国の王宮で飼われていたという歴史を持つ彼の犬種は運動量が少ない。外出しても万一疲れても良いように、と言う事だった。犬の一年は人間のカレンダーでは六、七年と言われる。袋を買って数年後には必需品になっていた。ここ数年は散歩の帰りはいつもこのバッグに収まっていた。犬仲間のご近所さんに「タロウちゃん快適ね」と言われて、彼はいつも嬉しそうだった。

彼が世を去りしばらくはこの袋は所在なさそうに部屋においてあった。心臓がとまった彼をこの袋に入れ動物病院へ連れて行った。死を確認するのためだった。フニャリと彼は不自然に折れ曲がり袋に入った。それがこの袋の最後の出番だった。

とても捨てることなど出来なかった。彼の温もりとよだれや体臭が染み付いた袋だった。頬ずりするとそれは濡れた。僕の涙だった。

折角だから使ってあげよう。犬の代わりに買い物袋にしょう。横になった犬の身丈しか無いつくりなのでたくさん中身を入れるとすぐにこぼれそうだった。紐で輪をつくり布に縫い付け、反対側の布にボタンを縫い付ければよいだろう。輪は幾つか玉を作りボダンに数段階で嵌められるようにしよう。これで左右の側面布を閉じられ、中身に応じて閉じ具合は可変になる。ボタンと十センチ程度の紐など妻の裁縫箱に入っていた。裁縫は妻の十八番だった。ボタンと紐を縫い付けるのはあっという間だった。針を数度動かすだけで袋についた。魔法だと思った。

これでタロウの袋が使えるね。確かにそこに居たはずのタロウはもう居ないが心の中に居続ける。この袋で買い物をすればいつでも良い食材が手に入るような気がする。但し食材には袋に染み付いたタロウの体臭が移るかもしれない。それも隠し味だろう。

妻は嬉しそうにそれを肩から掛けたのだった。主を失ったバッグは、軽かった。そこらじゅう荷物の面影が残っていた。タロウありがとうな、貴方は何時も横にいるんだね、嬉しいよ。そう僕は話しかけた。

晩年になると彼は散歩の帰りはショルダーバックを愛した。入れるととても嬉しそうだった。主を失った鞄にはボタンと紐を縫い付けた。買い物袋だ。これで彼はいつも一緒にいることになる。

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