日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

図書の旅27 少年と犬(馳星周)

● 図書の旅27 少年と犬 馳星周 文芸春秋 2020年

我が家には大切な家族がいる。自分と同じ誕生日に縁を感じて飼い始めた犬だった。彼は病床の患者を勇気づけるファシリティドッグや盲導犬のような顕著な役割をしているわけではない。しかし家族の一員として自分たちの生活のリズムにしっかりと組み込まれて、家庭という建物の柱の一つを担っている。

仕事柄自分は海外出張で週単位で家を空けることが多かった。病に倒れた時は半年ほど家を空けた。出張から戻るたび、入院生活から帰ってきたときの彼の喜ぶ姿は忘れられない。玄関の三和土の端まで走り寄り尻尾をちぎれんばかりに振っているのだった。彼も家族だ、とその時実感した。犬の持つ不思議な力はよく言われる。映画や小説の題材にもなる。家庭に棲みつくから、の一言では言い表せない。

東日本大震災の時自分は静岡県の会社にいた。800キロ程度は離れているだろうか、それでも激しく揺れた。その夜は自宅に帰れずに会社で一夜を過ごした。米国系のネットのニュース映像はすべてをリアルタイムで映していた。津波ですべてが消えていた。

物語はそんな太平洋岸の避難生活所で男が犬と出会ったことから始まる。男は外国人の窃盗団の一味として働かざるを得ない状況だった。震災で飼い主を失ったのだろうか疲れ果てた犬を海岸で見かける。犬は彼の癒しになり彼は犬を手慣づける。彼は犬が常に西を向いて何かを探しているしぐさをすることに気づく。何度目かの犯罪の手伝いの帰路、彼は交通事故を起こしあっけなく死ぬ。次々と新しい飼い主が現れる。最初の男を雇っていた窃盗団、すれ違いを繰り返す夫婦、人殺しをしてしまった娼婦。老いて治療を拒みながら生きる元猟師の老人。それら飼い主は犬に癒されながらも不幸な結末を迎えていく。飼い主が変わるたびに犬は少しづつ西へ移動していく。いや、西を目指しながら放浪しそこで新しい飼い主に飼われていく。そして犬は九州は熊本にたどり着く。三陸沖からの西の果ては九州だった。そこでようやく犬は探していたものに出会う。モノではなく少年だった。三陸の地で飼われていた時に、仲良くしてくれていた少年だった。少年一家は熊本に転居していた。探していた人を探り当てて犬は安住の地を得た。大きな揺れとともにその時家は倒れる。熊本大地震だった。そして・・・。

犬が飼い主を追って長く一人旅をするさまはよく描かれる。帰巣本能の最たるものとして本やスクリーンに描かれる。自分の友人の話だ。彼が子供のころ飼っていた犬を転居のために泣く泣く手放したという。当時は今のように保護犬のサポート体制もなかったのだろう。友人宅は車に乗せて犬を遠い場所で降ろしたという。しかし数日後に戻ってきた。そんな話をしてくれた。映画や小説ではない。事実だった。

犬は全く神秘的な力を持っている。家族だからそれがよくわかる。自分と家内が喧嘩でもしようなら間に入ってくるのは犬だった。彼が間に入ると喧嘩はひどく無益な事に思えるのだった。静かになると自分の用事は済んだ、と彼は踵を返していく。

犬の持つ能力と、東北地方太平洋岸と熊本の地震と言う実話をショートストーリーでうまくつなぎ合わせて大きなストーリーにすると言うのは見事な手法に感じた。読み応えのある文章でもあった。足元で寝ている我が家の犬を抱きかかえる。膝にのせると丸くなり大人しくなる。彼の体温を感じながら読了した。熊本の地震が無ければこの本はまた違う結末を迎えていただろう。いや、違う話の終わり方もあったのではとも思う。が小説としてはこれで良かったのだろう。

犬の持つ不思議な能力。神秘的だろう。

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