日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

さじ加減

結婚してすぐに地元の地区センターで開催されていた「男の料理教室」なる会に参加した位だから、料理に対する好奇心はあったのだろう。今思えば、まさに自分の現在の年齢かそれを越えたようなオトウサンばかりの教室、それはまさに「定年後の生きがいづくり」的な会に20歳代の自分が加わっていたのだから不思議な光景だったかもしれない。

以来週末のご飯作り担当となっていた。初めは、お昼を作るよ、と言ったはずだがいつか夕食も作っていた。57歳で会社を早期退職してからは平日も担当するようになった。途中入院もあり途切れたが今も続いているから好きなのだろう。実際、好きな音楽を流しながら料理を作ると調理は楽しいものとなる。モーツァルトが良くはまる。カルロス・クライバーのタクトさばきのように台所で舞うとあら不思議、料理は出来上がる。しかしネタ切れが多く似たようなばかりの皿となり栄養の偏りもあった。楽だからか、妻も自分の作った彩不足の料理を食べてくれていた。しかし最近何を思ったか言うのだった。「自分の仕事のない日は私が作るよ」と。

あまり無理していないのだから出来るよ、きついときは総菜とか買ってくるしね。とは言ったものの時々作るのが面倒くさいこともあった。それに炒めるか煮るしかない料理法には限界がある。

そう言って数週間過ぎていた。しかしいつしか妻が首尾よく夕食を作ることが増えてきた。理由を聞くと、疲れているだろうに夕ご飯まで作ってもらうのも申し訳ないから、という答えだった。自分が夜パートの時は細君が担当という具合になってきた。冷蔵庫の中身がきちんと消えていってくれればこちらもそれに越したことはない。

三年振りにリスタートした彼女の手料理は何十年に及ぶ馴れた味だった。自分の母親の料理は忘れてしまったがそれも当然だった。母の料理より長い時間妻の料理を食べている。そんな彼女の料理を食べて思う事がある。丁寧に作られているという事だった。別に旅館の様に小鉢が並ぶわけでもなく、大雑把な料理に違いはないのだが味が単調なわけでもない。何時もほぼ同じ味がする。調味料も火の通し方も「さじ加減」が良いのだろう。自分はすべて目分量で、大匙〇杯などという指示に従ったこともない。加えて手短に作るからいつもムラがある。

食器棚の横に立てかけているノートがある。ボロボロだ。しばらくそれが何なのか知らなかった。汚らしいから捨てるよ、というとダメだと言う。成程それは家内の「虎の巻」だった。テレビや雑誌の切り抜きなどの料理方法が書かれてスクラップされているのだった。今の様にネットを見て自分にピンとくるレシピをすぐに探し当てるわけではない。そんな時代に、細君は細君でそれなりに努力をしていたのだろう。確かに結婚するまでは大した料理も作っていなかったのだろうから食事作りもなかなか大変だったのだな、と思うのだった。彼女はそれを見ながら、体が勝手に動くまでは参考にしたのだろう。聞けば今も時折参考にすると言う。きちんとした分量で手順通り作れば美味しいものが出来るのだった。

色々な食材を使って丁寧に作っている妻の料理を前に今度は自分が恐縮している。30年以上も食事作りは大変だったろうと。こんな事はほかにも多くあるに違いない。時々彼女は切羽詰まると文句を言う。せめてごみでも捨ててくれと。洗濯物を干してくれと。全く正しい。やって頂く事、自分がやる事。それはボーダーレスで臨機応変に対応しなくては。そのあたりはやはり料理と同じく「さじ加減」なのだろうな。お互いが楽になればそれでよい。彼女の作った煮物を前にそんな事を考えた。

 

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