日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

特等席

電車に乗ったら何処が特等席だろう。自分の場合は決まっている。流石に運転席は無理なので、運転席のすぐ後ろだ。流れ去るレール。変わる信号、すれ違い、そして運転士の挙動。総てが楽しい。昔は運転席の真後ろに座れる車両もあった。京急旧600系あたりだったかもしれないが、うろ覚えだ。

高原を往く列車の特等席に立った。椅子はなく手摺に肘をついて飽きず立っていた。小さな駅で乗り降りも数人。半自動扉は開かなかった。扉を閉めて運転士はノッチを入れた。するすると、そして確実に6両編成の電車は分水嶺に向けて緩く登っていく。

その時気づいた。行く手の線路から鳥が飛翔したのだった。羽を目一杯広げ、懸命に羽ばたいても電車が追い付きそうだった。羽の大きさから何処にでもいそうな小ぶりな野鳥だった。山鳩か、とも思った。彼も驚いたことだろう。しかしレールははるか前から振動を伝えているのだからもっと早く飛び立つべきだった。

はらはらした数秒、懸命な羽ばたきはさあっと上に舞い上がり視界から消えた。うまく逃げたのだろうか。列車は切通しから山間部の火山台地を走るようになった。一般車道でも鹿が横切るくらいだから、このレールに何が居てもおかしくない。運転士は幾度もタイフォンを踏み鳴らしながら進んでいく。

特等席で運転士は何を見ているのだろう。大都会東京の一角が始発駅だった。住宅の並ぶ踏切を横切り幾つ分水嶺を越えたのだろう。トンネル、谷あい、切通し。今のようなハラハラする光景が日常なのかもしれない。しかし全ての乗客の安心は運転士にゆだねられている。緊張の大きさが推量された。

次の駅では特急通過待ちだった。本線には赤いシグナル。緑色のシグナルに導かれ側線に入った。しばらく停車するというのでホームに出た。電車のフロントガラスには激突した虫が幾つもへばりついているのだった。心配した先程の鳥はやはりうまく難を逃れたようだった。

乗務員扉が開き運転士さんが出てきた。帽子を脱いでやれやれ、と汗を拭き山の空気を美味しそうに吸っているのだった。特等席も楽ではないようだった。短いホームの先にのんびりとした鳥の群れが見えた。そこに本線を有無を言わさずに特急列車が登り去っていく。

鳥の群れはその通過の直前に各々見事にサアッと飛散して力強く去ってしまった。

特等席も、そこを預かる身になると大変なのだろう

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