日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

おそるべし千葉

仕事で頻繁に欧州・米州・中国と日本の間を行き来していた時代。2015年あたりまでだろうか。帰国便の成田へのアプローチは多くが九十九里海岸辺りから空港へ降下する。太平洋便ばかりでなく欧州便は阿武隈の山々を越えていったん太平洋上に出て旋回した。滑走路が混んでいるときは太平洋上で旋回待機。西日が機内に射し込んだと思へばそれは直ぐにサーチライトの様に機内をぐるりと半周して消える。そしてまた射し込む。いつかそれが止まるのではないか、旋回待機はあまり良い気はしない。

ランウェイに向け降下が始まる。窓際の席に居たならアクリル越しの小さな風景に釘付けだった。利根川霞ケ浦を確認する。地図通りのカタチだ。そしていつも驚いた。「千葉は本当にゴルフ場ばかりだな」。眼下にも視線の先にもゴルフ場が幾つも目に入る。

自分と千葉とのつながりは薄かった。機上から見るゴルフ場と、成田エクスプレスから見る車窓、それが千葉だった。

海外を飛び回る仕事から離れてからは、千葉に通う事が多くなった。と言っても市街地ではなく房総だ。サイクリングに、又、温かいから山仲間との忘年山行の舞台を千葉に求める事も多かった。その頃に始めたゴルフでも通った。山と言っても最高峰の愛宕山ですら海抜408メートルに過ぎない。多くは200から300メートル級の山で、冬でも暖かい日差しの中をゆっくりと歩くのに向いているエリアだった。

千葉の山里はなかなか楽しかった。歩く季節が冬という事もあるだろう。スイセンの花が見事で、里山には甘い香りが漂う。少し時期を外せば菜の花も多い。棚田が広がりそこを老いた夫婦が野良作業をしている。桜の古木も多く、その季節に行ったことはないが、満開の季節から葉桜になる風景を想像すると気が遠くなりそうだ。柔らかい風に桜の花びらが舞うのだろう。写真家ならその一瞬と山里に射し込む柔和な日差しを捉えようと、三脚の前を離れる事は出来ないだろう。

クルマをわずかに走らせればそこは海。漁港周辺にはその日に揚がった地魚を出す店が軒を並べる。どれもが逸品、鮮度が違う。

サイクリングを考えても、ほぼフラットな海岸線を走ることも出来るし、小さな山道も楽しめる。電化されていない単線のレールを気動車がゆっくりと走っていく。それを追うのも又楽しい。何を楽しむか、どう楽しみたいか、そのすべての選択肢にこたえてくれる。

この地に期待してはいけないのは中級山岳といで湯か。その代りに里の香りが濃厚な山が待っている。草津伊香保、鬼怒川のような温泉地はなくとも、平和な山里の中に忘れ去られたような湯がある。登山の汗を流すには十分すぎる。

そして西日の差す時間帯に太陽を見るならば、その下に驚くほど鮮明に富士山が立っているのを見るだろう。左右にゆったりと裾野を伸ばした姿はコニーデ火山の教科書とも言える。「悠揚迫らず」という日本語はこの風景を表すのか、と実感する。

「お母さん、このイカはどう食べると美味しいの?」
「フライパンが一番。網は焦げるからね。上に載せて両面に熱通して。生姜醤油がいいよ」
「美味しそう!ではこれイッパイ。これは日本酒進むね。罪だな」

日焼けしたお母さんはドライアイスを入れて包んでくれた。山仲間との今年の千葉の山の忘年山行の締めくくりはやはり海鮮料理と土産だった。車の中は山麓無人販売所で買った「スイセン」の高雅な香りで満たされていた。

ドラえもんの「どこでもドア」があるならば、それも数枚あるならば、自分はその扉とどの地をつなげたいだろうか。一枚は生まれ故郷の香川に決まっている。しかし一枚は千葉・房総かもしれない。そこは自分の興味を満たすモノがまとまってある。山と里、里と海。すべてが近い。

帰宅してさっそく焼いたイカに冷酒も進んだ。「千葉はまったくおそるべし」。今度は家内とスイセンの山里を歩こうと思う。まだ盛りは数か月ある。桜の時期と重なると、そこは夢幻境に違いない。

山の終わりは海鮮。イカを買って帰宅の途へ。山と里、里と海。すべてが近い。

千葉・南房総スイセンの有名な産地。スイセンロードと呼ばれる道はこの時期柔らかい匂いに包まれる。