季節のものに反応するようになったのはやはり歳のせいだろうか。
春と秋は嬉しいもの。土地の恵みを味わう季節だ。息吹の春は山菜や野草。恵みの秋は野菜全般、きのこも良い。
季節を感じるかのようにそんな恵みを戴く時に思うようになった。「ああ、また新しい季節が来た。そしてその恵みを楽しむことができた。なんと素晴らしいことだろうか」と。
実際冬が明けて春の兆候が見えてくるのは嬉しいものだ。苦味を伴う春の野草たちが食卓にあがると心が躍る。茹でてよし揚げて良し炒めて良し。春はそんなほろ苦さとともに確実に近づいてくる。
10年に一度か、と言われる大寒波が列島を覆ったようだ。雪に苦しむ人々のニュースがテレビに出てくる。こちらもどうなることか、大目に買うか、と厚着をして出かけたスーパー。そこで家内が見つけた黄色い花のついた野草。菜の花だった。たちどころにスイセンと菜の花に彩られた千葉の山里の風景が頭に浮かんだ。その菜の花も千葉産だった。
外は凍てつく夕べ。房総の春をひと足早く頂こう。一番美味しいのはありのままに茹でることではないか。それではこれは「おひたし」としよう。茎を先に、花はあとで。少し塩を振って茹でた。千切りキャベツがあったのでその上に載せて鰹節を振った。
正解だった。甘さと苦みが口に広がった。寒波の中にほろ苦い春がやって来た。四月を春とするならば二カ月早く我が家にやって来た。それはなんとも嬉しい便りだった。
季節ものに反応すのは「歳のせい」ではなくむしろ「年の功」と思うようにしよう。すると年齢を経るのも楽しいものとなる。
・菜の花のおひたし
レシピはこちらを参考にした。惜しげもなく秘伝の技を開示して頂く皆様に、謝意。https://cookpad.com/recipe/1080185