日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

柿の種の憂鬱

ねぇ、これ、ピーナッツ少なくない?パッケージとえらい違いだね。そう妻は憤っていた。たしかに、と僕も言う。

ここ数か月で多くの食料や日用品の値が上がっていた。値上げは1割に満たないだろうが、我が家のような毎月支出が収入を上回っている家計、住民税や所得税を支払うのも免除されている世帯にとってはそれはボディーブローのように効いてくる。遥か西の国で端を発した戦争の影響なのか、米国の金利政策の影響なのか、マクロレベルの経済影響は自分ごときには理解できない。ただ目の前の、スーパーマーケットの値札を見ては夫婦して憂うばかりだった。

いきおい、スーパーマーケットに行っても、値引き札のついた商品だけを探している。野菜などは赤札のついたくたびれ切った野菜がいつも籠に収まる。肉はグラム単位で再安価を選ぶが20%引きがあれば飛びつく。総菜は半額ラベルがついていない限り手を出せない。パンも同様だ。そもそもスーパーに行かなくなった。業務スーパーという安売り店が近所の数件ある。一軒は新装開店だ。こちらはもともとが安いので助かる。しかしモノによっては大型店が安い。しかしそれらを巡るためのガソリン代を考えると何処かで見切りをつける必要もあった。

お菓子などは日常生活には不要だろう。三食しっかり食べればなくても済む。しかし健康に生活する以上は多少の潤いは必要だろう、放っておけば妻はお菓子を沢山かごに入れる。大福やお饅頭、かりんとう。しかし入れては外し安いものを見つけて入れ直している。彼女もそれなりに悩んでいるようだった。

ここでいう柿の種とは四角い缶に入った新潟県長岡市の銘菓ではなく俗にいうピーナッツの入った柿の種だ。柿の種は夫婦して好きな菓子の一つだった。小パックを6個入りにして中パックにしている商品が一番目にする機会が多いだろう。越後平野に拠点を置く幾つもの煎餅メーカーが類似品を出している。K製菓が良い、いやS製菓だ。違うE製菓のほうが美味しい。そんな議論がある。これらの柿の種。濃い味醤油の煎餅とピーナッツではどちらが柿でどちらが種なのだろう。

「多分種はピーナッツね」そう妻は言う。確かにピーナッツは煎餅よりも比率が低い。種は少ないからこそ効果がありそうだ。その点で僕は妻に賛成だ。

最近のスーパーマーケットには何処でも「100均菓子」と言われるコーナーがある。幾つか系列があるがいずれもPB商品だろう。どれも98円だ。悩ましい事にそこに柿の種がある。しかし味は今一つだった。醤油たれが薄いのか、焼き方がいまひとつなのか。100円均一の理由もわかる。今日ばかりはそれを避けその隣に手を出した。128円で中袋にざっくりと入っている。パッケージ写真を見る限りなかなか有望株だった。メーカー名はぱっと見にはわからない。有名なK製菓、S製菓やE製菓に手を出さないのではなく、数十円の違いが惜しいのだった。

蓋を開けてザーッと紙にあけての妻の一言が、それだった。確かに種が、ピーナッツが少ないな。これもマクロ経済から来ているんだよ。そう妻に言うと彼女は袋をとじてシャカシャカと振った。あら不思議、ピーナッツは多く出てきた。こうすればいいのよ、自慢げに言われたが「それくらい知っているよ。重いから沈むんだろう」とは言わない。しかしこれならばピーナッツの含有率を下げてもあまり気づかれないだろう、と悪い考えも起きてくる。煎餅よりピーナッツのほうが原価は高そうだ。

夫婦してそこまでして節約と口にする割には趣味や楽しい出来事に財布は緩む。生きている以上仕方のない事だと思っている。せめて日常的に口にするものくらいはお手柔らかにお願いします、そう言いたくなる。

柿の種で済むうちがよいのかもしれない。息苦しさ、閉塞感が毎日を取り囲んでいる。柿の種がもう少しピリリと辛ければ何かが変わるのだろうか。柿の種の憂鬱は当分続きそうだ。

封を切ってザーッと出す。あれ、種、少なくないか? この手の話題はいまや夫婦のレクリエーションではあるが、無いほうが嬉しいかもしれない。

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